第一話

標高四千メートルを超える雄大な活火山だ。

真夏でも決して溶けることのない純白の雪に覆われた頂。
そこから途切れる事無く立ち上る、薄灰色の煙。
遠くから見てもハッキリと峻険さが伺える、切り立った灰色の山肌。
一度懐へ迷い込んでしまえば、二度と出られないのではないかと感じさせる、深い深い裾野の森。

軽々しく人を寄せつけぬその姿は、仰ぎ見る者に、本能的な畏怖の念と信仰にも近い憧憬の感情を抱かせていた。


けれども、それは人間側に限ってのお話。
魔物娘からしてみると、ティル・エラックは楽園である。

山に生息する豊富な動植物でお腹を満たし、人の手で汚されていない泉や、湿地帯に広がる野生の花畑で心身を落ち着かせる。
有り余る程の広大な土地が存在するので、無闇やたらと縄張り争いをする事もない。

特に、自分から積極的に人間の社会と交流しないタイプの魔物娘達にとって、ティル・エラックは最高の住環境を与えてくれていた。

シルフやウンディーネなどの精霊・妖精の類、迷宮ではなく山に住む種族のドラゴン、森を好むドリアトやアラクネ、そしてマンティス等々。
彼女らは何不自由無く山での生活を謳歌する。

ある一点を除いて。


それは、婿がいないという事である。

山での生活はとても快適である。
できればここから出たくない。
でも婿は欲しい。ぶっちゃけエッチしたい。
極々まれに迷い込んでくる人間を巡ってケンカすんのも、いい加減飽きた。

そう考えた彼女達は、とある協定を結んだ。

人間達と協力する事。
人間達に山の中にある有益な物を提供する事。

以上の二つである。


この物語は、婿探しに奔走する魔物娘達の奮闘を記録した、愛と感動のドキュメンタリーである。




「では、これより『ティル・エラック山 生活向上委員会』の記念すべき第一回定例会議を開始いたします」

集まる魔物娘達に向かって宣言するのは、アラクネのエレノアである。
生真面目そうな顔をツンとそらし、額にある六つの複眼で辺りを見回す彼女は、『ティル・エラック山 生活向上委員会』(以下、生活委員会と略)の栄えある委員長だ。

「はじめに……そうですね、本日の議題を確認しましょうか」
そういってエレノアは、パピルスっぽい紙を挟んだバインダーを開く。

「こほん……議題は三つ。まずは人間と効率的に交流する方法について。次に、人間から好まれるファーストコンタクトの仕方について、これは各々の研究成果を発表してもらいます。そして最後に……」

「やーーんマジでーー、ちょーヤバいんですけどーー」
「………くーー……くーー…むにゃ……もう……おなかいっぱい……」
「んっ……あっ……ふぅん♪……やん……きもちーよー」

「我々が守るべき基本ルールの制定に……ってオイそこのシルフ、ぺちゃくちゃぺちゃくちゃしゃべってんじゃねーぞッ! そしてマンティス、てめえ開始三十秒でねてんじゃねえよ! あとド腐れフェアリー、飛びながらオナニーっておま、斬新すぎんだろ! なめてんのかよ!」

はあはあと怒りの余り肩で息をするエレノア。

対するその他大勢、超フリーダム。
まともに話すら聞きゃしねえ。

各種族の代表を集め、泉の側の草原で開かれた会合は、初日から波乱含みであった。


「エレノアちゃーん、怒っちゃダメだよー」
葉っぱのような緑の眉毛を八の字にして近寄ってくるのは、マンドラゴラのプルミエールだ。

「わかっちゃいるの。わかっちゃいるんだけど、あまりの危機感の無さに眩暈が……」

「うんうん、エレノアちゃん真剣だもんね。でもさ、あの子達も悪気があってやってるんじゃないんだよ。ただちょっとアタマが弱い子達なだけだから、怒っちゃダメ」

「エール……あんたってさ、ニコヤカに毒を吐くわよね」
エールはマンドラ娘の愛称。

「えええーーそんな事ないよー」


「しかし見事に収拾がつかぬな」
口を挟んだのはドラゴンのクラウディア。
この山に住む魔物娘の中で一番の実力者だ。
甲冑のような艶やかな鱗が、太陽をまぶしく反射する。

アラクネ娘の瞳が見開かれた。
「あなたがそれを言う? クラウが一声咆えてくれれば皆従うのに」

「それではこれまでと何も変わらぬではないか。自分たちの意思で人間との恒久的な交わりを結ぶ、押し付けられたものでは直ぐにボロが出て立ち行かなくなる、そう申したのはお主であろう」

「確かに。でもやっぱり委員長はクラウがやった方が……」

「意義ありじゃ。ワシが頂点では何をした所で、上からの押し付けに過ぎなくなるわ。それに、人間どもも怯えるであろうからな」

「……ええ、そうね」

うなずくエレノアを横目に、マンドラ娘プルミエールが一言。
「本音はーー?」

「働きたくないでござる」

「糸で簀巻きにすんぞ、
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