夏の夜に咲くは大輪の華

「ふぁ・・・んぅ。」

とある公園のベンチに腰掛けて十幾分。もうとっくに日は暮れ、空には星が煌き始めていた。
無論、こんな時間に公園に来る物好きはあっしを置いて他には早々居ないだろう。・・・今日を除いて。
・・・早く来過ぎたかな?まぁ遅れるよりも良いだろ。
・・・にしても暇だねぁ・・・。
ふと耳を澄ませると、少し遠くから祭囃子や人の賑う声が聞こえてくる。
もう祭りは始まってんのか。まぁ、当然・・・と言やぁ当然か。皆あんなに楽しみにしてたもんな。
そう言えばアイツ、祭り行くの初めてとか言ってたっけ・・・。

「すいませ〜ん、遅れましたぁ〜!」

気の弱そうな声と共にパタパタと小走りする足音が聞こえてきた。
・・・ん、来たか。

「着付けに時間が・・・ふみゅっ!?」

俺が既に見飽きた星空から顔を下ろすと同時に素っ頓狂な声が聞こえた。
声のした方向を向いてみると、吸い込まれそうな黒髪を肩まで伸ばした紅い浴衣姿の彼女が盛大にこけている。
このこけている彼女こそがあっしの待人(いや、待魔物か)、ドッペルゲンガーの黒本夜美(くろもとよみ)。いつもは伸ばした黒髪と同じ真っ黒なワンピースみたいな服を着ているが、今日は祭りのためか紅地にオレンジの縞柄といった浴衣を着ている。
吹き出し(二つの意味で)そうになるのを堪えつつ、ベンチから立って泣きそうになっている夜美に手を差し伸べてやる。

「相変わらずだねぁ・・・。大丈夫か?」
「うぅ、何とか・・・。」

掴まれた手を優しく引いて彼女を立たせる。どうやら怪我をしている様子は無い。
・・・良かった、折角の祭りで怪我しちゃダメだもんな。
念のためにもう一回聞いとくか。

「本当に大丈夫?怪我は無いか?」
「は、はい。」
「そうか・・・。じゃ、行こうか。」
「はい!」

さっきまでの涙目は何処へやら、手を握ったまま満面の笑みで返事をしてくれる。
ああもう可愛いなコンチクショウ!

「さ、一文字さん早く行きましょう!」
「わわ!ちょ、そんなに急がなくても祭りは逃げないから!」
「お祭りは逃げなくても時間は過ぎちゃいます、だから早く!」
「分かった、分かったから!」

夜美に引っぱられながら、俺は誰も居ない公園を離れていった。
・・・因みにこの後夜美が直ぐまた盛大にこけたのはまた別の話である。

                              ◆

「一文字さんこっちこっち!」
「夜美、楽しいのは分かるけど落ち着けって!」
「よぉ一文字!」
「ん?あぁ、ヤス健か・・・ってえぇ!?」

無事(?)に会場に着いたものの、極度の方向音痴である夜美と離れないよう手を繋いで歩いていると、不意に夜美が一つの出店に向かって走り出した。
林檎飴か綿飴と思っていたがまるで見当違い、金魚掬いの出店だった。
そこには何故か14年来の友人、安田健一:通称「ヤス健」が浴衣に襷を巻いて捻り鉢巻といった風貌で子供達でごった返している水槽の横で座っていた。
壁には金魚掬い一回200円と達筆で書かれた紙が貼ってある。こいつがこんなに字が上手い筈は無いので多分バイトだろう。
俺をこの屋台まで引っ張ってきた張本人である夜美はと言うと、案の定水槽の中に居る色とりどりの金魚たちに目を輝かせていた。
あぁもう可愛いなぁ!此処が家だったら今すぐ抱きしめてるのに!!

「一文字さん、金魚掬いだって!」
「やりたいのか?」
「ハイ!」
「はい、ポイ一つ200円ね。」
「え、えと・・・。」
「ほらよ。」

財布を何処に入れたか分からなくなったのか、体の至る所を叩きながら困惑する夜美に100円玉を二枚渡してやる。

「良いんですか?」
「別に構わん。」
「ありがとうございます!えっと・・・ヤス健さん、一回お願いします!」
「はいまいど。」
「じゃあ一文字さん、先にやってきますね!」
「ん、了解。」

金をヤス健に渡してポイとお椀を受け取ると、いそいそと嬉しそうに子供達に混じって行ってしまった。

「何あの娘、彼女?」

ヤス健が立ち上がってあっしに顔を近付け、ニマニマ笑いながら他人には聞こえない程度の声で訊ねてきた。
その顔、埋まるまで殴ってやろうか。

「ああそうだ。何か悪いかカス健。」
「ふーん・・・。ってカス健ってお前・・・。まあいいや、お前もやってく?友達の好で安くしとくぜ。」
「いくらだ?」
「ポイ一つ400円。」
「ほほう?ヤス健、お前の『安い』は定価の2倍のことを言うのか?え?」
「じゃあ、この間ジ○ンプ買うために貸した200円、いつ返してくれるのかねぇ〜?」
「・・・ッ!」
「ほい400円。」

と言いながらにやけた顔をそのままに金を出せと手を差し出すヤス健改めカス健。何となくムカついたので400円を全て10円玉で、さらに一つ一つ
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