稲荷か妖狐っぽい女性に続いて入った店の内装はまるで日本の田舎家屋のようだった。入り口近くには両側に薬草みたいなのが入った四角い瓶が幾つも収められた棚が並び、真ん中にはテーブル一基と椅子が四脚置かれ、一段高く作られた奥はお座敷になっているようだ。洋風な煉瓦造りの外装とはかなりちぐはぐしてる気がしてならない。つかあの縁側は何処に通じてるんだよ。確か隣って普通に家屋だったよな?何で庭になってるのさ。
「うっとこから呼んどいて大したお構いもでけへんで申し訳あれへんねやけど、良かったらどうぞ。」
「あ、どうも。」
「お嬢ちゃんも、はい。」
「あ、ありがとう…ございます。」
棚と奥の座敷の間にある、入り口に暖簾の架かった台所らしき所から出てきた女性が持ってたお盆から湯呑みをあっしとソピアが座っているテーブルの上に置く。あ、良い匂い。緑茶だ。
…と言うか先刻からチビっ子二人の様子がおかしい。綿毛娘は胸ポケットの中に潜り込んだままだし脚の上のソピアはまるで緊張しているかのように辺りを見回しながら左手で白衣の端を掴んでいる。
「さて…改めまして、うちの名前は柊。ジパング出身の稲荷どす。此処で色んな茶葉売うて商いしてますねや。以後よしなに。」
「あ、はい…。自分は」
「おにいちゃん、これにがい…。」
対面の椅子に座った柊と名乗った稲荷に名乗りを上げる前に、しかめっ面になったソピアに湯呑みを突き出された。
「ふふふ…。あらまぁ、お嬢ちゃんにはまだ早かったやろか?まぁ、なんや大陸の人らにはこの『緑茶』は合わへんみたいやけど…兄さんはどないどす?」
「あ、はい。あっしの故郷は茶の生産地だったので大好きです。」
「それは良かったわぁ。兄さん和顏やさかい、もしかしてと思たんどす。お茶の産地言わはったら…駿河の近くやろか?」
左手で四苦八苦しながら緑茶を飲もうとしているソピアの頭を撫でてやる。
駿河…あぁ、静岡の中央辺りの旧名だったっけ。こっちの日本…いや、ジパングはまだ廃藩置県してないのか。時代的にはいつ位になるんだろう。
「ほして話戻さして貰うけど、兄さんは此処に引っ越して来はったん?お子さん連れたはるさかい冒険者やないと思たんやけど…。」
「あー…はい、引っ越し…と言うか何と言うか…。」
無理矢理連れてこられたと言うかただの手違いと言うか…。つかあっしの子どもじゃないんですけどね。
「?」
「む〜。」
柊さんへの切り返しに困っていると、胸ポケットで比較的大人しくしていた綿毛娘が不機嫌そうに頬を膨らませて目の前まで浮いて来た。
「え、何どした?」
「わっ、これまた小っちゃい子どすなぁ。」
「パパ!」
当の綿毛娘に尋ねてみても、頬を膨らませたまま手足をピンと伸ばして自己主張するだけ。…何が言いたいんだ?
「多分兄さんに構て欲しいんやと思うけど…。リリムにケサランパサランがお子さんやったら…奥さんはエキドナなん?」
「え、いやあっしは結婚なんかしてませんよ。」
「へ?」
右手で綿毛娘の頭を撫でながら答えると、柊さんは素っ頓狂な声を上げて目を丸くさせた。…あっし、そんなに老けて見えるかなぁ?いやまぁ確かにあっちじゃ28って結婚適齢期だけどさ、んな子沢山のおっちゃんに見えるの?
「意外やわぁ。そないけ大っきな精と魔力持ったはるし、子供の扱いにも慣れたはるさかい、てっきりどなたかと結ばれたはるんかと…。」
そ、そっちで判断したんですか…。
「あはは…こっちの世界に来てからまだ二日位ですから…。」
「こっちの世界…?」
今度は怪訝そうな顔で首を傾げた。…あ、これって言って良かったのか?駄目だったのか?でも、魔王のメモには何も書いてなかったしってかもしかして裏に書いてあったりとかしたかもしれないって言うかあの紙二つ折りで置いてあったからやっぱり裏には何も書いてないしああああぁもおおおおぉ!
「ほなもしかして兄さん、魔王様が仰ったはった異世界から来はったっていう人間はん?」
「え。」
今何て?
「魔王様が言ってた?」
「ええ、何やえらい嬉しそうな顔して『魔界々の勇者が来た』て仰ってはりましたえ。」
人が寝てる間に何言ってんのあの淫魔ぁ!
「ただいまー。柊、今帰ったよ。」
「おかあさま、もみじはただいまかえりました!」
突然開かれたお店の扉の向こうから栗色をした男性と柊さんによく似た栗色の毛並みの小さな稲荷が出てきた。二人は座ったまま仰け反って頭に両手を当てて悶えるあっしの姿を見て固まった。ついでにあっしも固まった。
…み、見られた。悶えてるとこ見られた…。
「……あ、えーと…お客さん…ですよね?」
「……………はい。」
姿勢を元に戻し、柊さんに出して貰った雁金っぽい味のする緑茶を一気に飲む。
熱い。主に口と顔が。……
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