見た目幼いからすっかり忘れてたよ。

取り敢えず件の皮袋から金貨を五〜六枚取り出してポケットに詰め込む。…食材の値段が分からない以上多目に持つのが妥当だろうか。少し心配になったのでもう四、五枚程取っておく。

「…こんなもんかな?」

流石に銅銀抜かして金貨オンリーで流通する訳が無いだろうし、ぼったくられでもしない限り大丈夫だと思う。

「よし、行こうか。」
「はーい。」
「あ〜い♪」

だだっ広い居間を横切り、木製のドアノブに手を掛ける。…………あ、靴…。どうするか…流石に裸足で外歩く訳にもいかないしな。

「おにいちゃん?」

ドアの周りを見回してみても、靴らしきものは無い。あるのは何も入っていない靴箱とよく分からない蓋がされた木箱。

「…見当たらないなぁ。」
「?」
「いやね、靴が見当たらないなぁって…。」
「…それ。」
「ん?」

ソピアが指差したのは、さっき見つけた用途の分からない箱だった。

「これ?」
「…………。」

ソピアは小さく頷くと腕から降りて木箱の蓋を持ち上げる。すると、その中には確かに簡素な作りの靴が大量に入っていた。…よく分かったな。

「ありがとう、助かったよ。」
「えへへ…♪」

見つけてくれたお礼に優しく頭を撫でてあげると、ソピアは嬉しそうに目を細めた。……さて、行きますかね。箱の中から適当な靴を取り、頭の綿毛娘が落ちないように気をつけながら屈んで靴紐を結ぶ。…靴底は…コルク?靴擦れしないかな…?
…………つか俺の元の靴は!?…って、元々履いてなかったな。

「んしょ…あれ?」
「?」

素っ頓狂な声を上げるソピアの方を見ると、ストッキングと同じ黒い靴の紐に四苦八苦していた。…あーあーあー、固結にしちゃって。

「ソピアちゃん、おいで。」
「う〜…。」

その場に胡座をかいて手招くと、目尻にほんの少し涙を溜めながら胡座の真ん中にポスンと音を立てて座った。

「蝶結っていうのはな、こうやって…。」

口で結び方を説明しながら、手早く靴の紐を蝶結にする。…懐かしいな。父さんもこうやってあっしに手取り足取り教えてくれたっけ…。でも、もう父さんも義兄さんも…。脳裏に思い出したくもない場面が二つ流れてきた。忌まわしい『あの日』を思い出す度、鋭く胸が痛む。

「…おにいちゃん?」
「………………。」

ああ、そうだった。今は早く飯を買いに行かないと…。

「ちゅっ♪」
「!?」

突然ソピアの顔が近付いて来たかと思うと、唇に気持ち良いとも取れる程柔らかい何かが吸い付いてきた。それがソピアの小さな唇と認識するのに数秒掛かってしまった。

「んむっ…!?」
「ちゅるぅ…ちゅっ、ぺろっ♪」

いきなりキスされたのにも驚いたが、それよりも吃驚したのはその技術だ。幼い見た目にそぐわない手馴れたような唇の動き。何でこんなにうま…って、この子淫魔だった。見た目幼いからすっかり忘れてたよ。

「ぷはっ…!」
「あ…。…むぅ。」

ソピアの腋を掴み、唇ごと体を引き剥がす。ソピアはさも残念そうな声を上げると、拗ねたように頬を膨らませた。

「もっとー!」
「あ、こ、こら!」

可愛らしく顔をしかめながらジタバタとソピアが暴れ始めた。

「止めなさい!」
「ふえっ!?」

思わず怒鳴ったのに驚いたのか、ソピアが肩を跳ねさせて止まった。

「…おにいちゃん…わたしのこと…きらい?ちゅーするの…いや?」
「え?い、いや、そんなこと無い…けど。」
「じゃあ…なんで?なんでこらっていうの?」

ふるふると小さく震えながら、どんどん目の端に涙を溜めさせていく。
いやまぁ淫魔としては間違ってないんだろうけど、つい昨日会っただけの人間にキスってのもなぁ…。

「ち…チューってのはな、そんなに気軽にやっちゃ駄目なんだ。」
「…でも、おかあさまとおとうさまはいつもしてるよ?」
「い…いや………そ、そういうのはな?将来本当に好きになった人とするもんだ。」

こじつけ臭くなってしまったけど間違っては無いと思う。この子の好きも子供によくある懐いての好きだろうし…。つか子供に何見せてんだ魔王。

「わたし、おにいちゃんのことだいすきだよ?」
「だから…。」

その好きじゃなくて…。…駄目だ、このままじゃ埒が明かない。早いとこ買いに行こう。うん、それがいい。

「それよりほら、早くご飯買いに行こう!な!?」
「ふえっ!?う、うん…。」

面食らってる様子のソピアを降ろし、先んじて立ち上がる。すると、手を滑らせたのか頭の上から綿毛娘がズルリと落ちてきた。

「ふひぇえ!?」
「うわっ!?」

咄嗟に落ちてくる下に手を出して綿毛娘を受け止める。ポスンという音と共に身体から手のひらの上に着地した綿毛娘はむくりと起き上がって呆然とあっしの顔を見つめていた。

「……………………………。」
「…あ〜
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