―――――― 巡査本部 署長室
「…狗之地、被害は?」
「はい。陽介君を含め負傷者が28名、運よく死者は一人もいません。現在、水葉達衛生班が傷の治療、技術班が建物の修繕に当たっています。」
「…そうか。」
あの後、迦具壌さんの率いる突撃部隊が応戦に駆けつけて来てくれて奇襲は何とか事なきを得た。
今この署長室には卓さんと癒雨さん、俺と唯、両親と狗之地さんしか居ない。
すると、不意に署長室の扉が開き、全身を負傷兵の血で真っ赤に染めた八蘇さんが暗く、沈んだ顔をして無言で入ってきた。
「芳養荷栖の容体は?」
「何とも言えませんね〜…。裂傷が大小合わせて20箇所以上。特に胸のものが酷く、今やっと血が止まった処です〜…。」
「……………。」
「癒雨さん、行ってやんな。…貴女なら何とかなるだろう?」
「…ええ、そうですね。水葉様、御案内お願い致します。」
「ふぇ!?は、はひ!!」
何故か癒雨さんの名前を聞いてから身体がガチゴチな八蘇さんに連れられ、癒雨さんは署長室を後にした。
「これで芳養荷栖は大丈夫だろう。」
「…すみません、卓さん。」
「気にしなさんな。奇襲に対応できる奴なんて、そうそういねぇよ。」
普段の威勢の良さが嘘のような様子で落ち込んでいる親父に、卓さんは励ますように笑いかける。
「…陽介、傷の具合はどうですか?」
「あ、はい。大丈夫です。」
「…良かった。」
そう呟くと、母様は俺の事を優しく抱きしめてくれた。
「…総世さん、『あの事』はまだ話して無いのかい?」
「え?…ああ。まだですね。」
「…なら、今話しちまっても?」
「…お願いします。」
卓さんは今まで衡えていた煙草から口を離し、俺の方へ向き直った。
それに呼応するように、母様は俺の背中を軽く叩くと親父の隣に行った。
「…よっと。」
卓さんはまるで今からヨガでも始めるように、空中で座禅を組んだ。
「…陽介、お前は自分の産まれについて何か疑問に思った事は無いか?」
「…へ?」
そう言われてみれば幾つかある。何故母様が魔物なのに俺が人間、しかも男なのか。学校で習った話だと、魔物の子どもは魔物である筈なのに。
「…普通、魔物は人間を生めない。これが世の常識だ。」
「でも俺は…。」
「人間、しかも男。」
「…はい。」
「こっからちぃと難しい話になる。聞き流してくれても構わねぇ。」
「はい。」
「通常、自然界において他種族間での子どもは生まれないが、魔物は人間との子どもを生む事が出来る。しかし遺伝子の関係からか、魔物の、しかも女しか生まれねぇ。つまり如何なる生物においても優性、劣性の遺伝子があり魔物と人間の位階の違いから俺達人間の遺伝子は劣性になっているんだな。そこで俺はアリスやアルプやクイーンスライム、白蛇やホブゴブリンといった俗に言う『突然変異種』のDNA配列、人間のDNAとの相互関係とかを調べあげ――――あまりにも長い為省略――――そして150年の研究の末、『人間の子どもが出来る薬』を開発する事に成功した。」
「?ははさま、ゆいはよくわかんないです。」
「分からなくて良いのですよ。」
「…ここからが本題だ。どうする?聞くか?」
まるで、言うのを躊躇うかのような卓さんの口ぶりに一瞬たじろいでしまった。
「…はい。」
「…………さっき言った薬を作った後、俺は無性に結果が知りたくなった。富や名声が欲しかった訳じゃない。ただ、純粋に結果が知りたかった。そこに出会ったのが、総世さんと水奈さんだった。水奈さんはその時身籠っていてな、俺は直ぐ様薬を渡した。勿論、効能は事細かに伝えたよ。それでも二人は笑って薬を受け取ってくれた。」
突然、卓さんは自分の膝を殴った。
「…今にして思えば、何で渡しちまったのか…!副作用もロクに分からねぇ段階で他人に渡すなんざ、死んでも許されねぇ行為なのに…!!」
徐々に卓さんの拳に力が入っていくのが外からでも分かった。
「家に帰ってから、俺は激しく後悔した。もし二人の身に何かあったら、俺は死のうとさえ思っていた。…数ヶ月後、総世さん達から手紙が届いた。俺はとてもじゃないが開ける気にならなかった。恨みの文が書かれていると、勝手に思い込んでな。しかも事あろうに、手紙を破り捨てようとした時、ふと手紙の中に入ってた物が見えた。」
「………………。」
「封筒の中には、母親によく似た白髪の男の子の写真の片隅に『ありがとう。』と一文書かれていた。」
「卓さん…。」
「…俺は良かったと安堵した反面、もう一つ後悔した。今、この写真に写ったこの子の運命を大きくねじ曲げてしまった、とな…。」
「……………。」
「…恨むなら恨んでくれて構わない。俺に死ねと言うならば、喜んで今すぐに死のう。…それでも償えない罪を、俺は君に犯してしまった…。」
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