ここは大陸から東に遠く離れた島国・ジパング。
その中のとある国に住む奇怪な趣味を持つ男がいた。
「ふ・・・あぁ。よく寝た・・・。」
そう。もう昼前だと言うのに今更起きて来て欠伸をしているこの男である。
この男、名を宮代奇縁(みやしろ きえん)。「一応」退魔師と呼ばれる、人に害為す魔を退治する事を生業としている。
「一応」と付いている事には幾つか理由がある。
その一つは
「あなた、もうお昼前ですよ?」
「お父さん、お寝坊さん〜。」
「ん、すまんすまん。」
この台所で朝食(もはや昼食だが)女子と奇縁に頭を撫でられている子供である。
姿は、見目を見れば二人とも流れるような深く蒼い長髪をしており、誰が見ても美人と言えよう。だがそれは「見目」の話である。では他はと言うと、足元には水溜りが出来、着ている着物は濡れて張り付き女子らしい美しい曲線を引き立たせている。
濡れているのは、別段女子が雨の中走ったりしたわけではない。これが普通なのである。
お気付きかも知れないがこの女子達、「ぬれおなご」と呼ばれる妖怪。名を深雨(みう)、子供は癒雨(ゆう)と言った。
退魔師と結ばれているのが退治される筈の魔。更に子まで生している。これを奇妙と言わずとして何を奇妙と言えようか。
「深雨、今日は誰か来たか?」
「いいえ、誰も来ませんでしたわ。」
「そうか・・・」
そう言うと、奇縁は布団から起き上がり傍にいる深雨をそのまま小さくしたような自分の娘である癒雨を抱き上げる。
「おはよう、癒雨。」
「お父さん、おはようございます〜。」
癒雨は大好きな父親に抱き上げられ、その顔に満面の笑みを浮かべた。
奇縁は癒雨を抱き上げたまま、食卓に向かう。
そして、食卓の前まで来ると胡座をかき、その中に癒雨を座らせた。
「お父さん、お着替えはしなくていいんですか〜?」
「ん〜、今日はまだお仕事無いからご飯の後で。」
「ふ〜ん・・・。」
癒雨は奇縁の胡座の中で暇そうに足をパタパタとし始めた。
「さ、昼餉が出来ましたよ。」
「ありがとう。」
深雨は出来上がった昼餉を奇縁の前に置く。
奇縁は深雨に礼を言うと、静かに手を合わせた。
すると奇縁の胡座にいる癒雨も足を止め、真似をして同じように手を合わせる。
「たなつもの百の木草も天照す。」
「あまてらす〜。」
「日の大神の恵みえてこそ。」
「えてこそ!」
「・・・ふふふっ。」
父親の言葉に合わせようとするも、難しい言葉が分からず最後の部分だけ真似する癒雨を見て、深雨は着物の裾で口を押さえながら小さく笑った。
それにつられたのか、奇縁も微笑ましそうに笑いながら昼食に手を付け始めた。
―――――――昼食後
「・・・よし。」
昼食を食べ終わり、既に寝巻きから仕事の為の衣冠に着替え、他の準備も済ませた奇縁は玄関へ向かい始めた。
その後ろを、何故か奇縁と同じ着物を来た癒雨がトテトテと走って付いて行く。
それを深雨がそっと後ろから止める。
「ダメよ癒雨。お父さんのお仕事を邪魔しちゃ。」
「や〜だ〜、お父さんと一緒に行く〜!」
「もう、言う事を聞き分けなさい!」
「や〜だ〜!」
後ろから自分を押さえている母親から逃れようと癒雨がジタバタともがく。
そんな娘の事を気にしながら、奇縁は草履の紐を結ぶ。
「・・・癒雨、一緒に行ってみるか?」
「あ、あなた!?」
「いいの、お父さん!?」
不意に振り返った奇縁の言葉に深雨は驚き、癒雨は嬉しそうに目を爛々と輝かせて母親の腕から逃れ履物を履き始めた。
「ただし、お父さんから絶対に離れない事。」
「はい、分かりました!」
「で、でもあなた・・・」
「大丈夫」
草履を履き終えた奇縁は立ち上がり、後ろにいた妻の頭を撫でた。
すると、普段は少し青みがかった色白の肌にみるみる朱が注す。
「癒雨は俺が守る、心配しなくても大丈夫さ。」
「・・・はい。」
「お父さん、早く行きましょう!」
「ああ、分かった分かった。」
早々に履物を履き終えた癒雨が、父親の衣冠の袖をくいくいと引っ張りながら早く行こうと急かす。
それに奇縁は少し困ったような顔をしつつ、足を向けることで応える。
「じゃあ、行ってくる。」
「・・・ええ、お気をつけて。」
「行ってきま〜す!」
癒雨は逸る気持ちをそのままに玄関のドアを開ける。
そこに広がるのは美しい緑と山々に囲まれた小さな村。
娘に腕を引っ張られながら、奇縁は深雨に手を振った。
奇縁たちの家は村から少し離れた山の裾野にあり、歩くと10分程掛かる。
その道すがらには家は無く、奇縁たちの家と村を繋ぐ一本の道以外は森に囲まれている。
「お父さん、今日は何をしに行くんですか?」
「ん?今日は・・・怪談を集めるお仕事だな。」
奇縁がそう言った途端、癒雨
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