可愛らしい服を着た人間を、扇情的な格好のサキュバスが組み伏せている。
服屋の更衣室にしては広いその空間で起きていたのは、一言で表すならそういう状況だった。
人間の方は線の細い美貌を焦りに引きつらせ、一方のサキュバスは純粋な善意に満ちた笑みを浮かべている。
こういう光景は、人間の女を魔物化させようとするような流れの中でよく見られるものだ。物騒なようにも見えるが、昨今では日常茶飯事である。
しかしながら、ここには一つだけそうした事例との差異があった。
それは、組み伏せられている人間ことルカ・ファルヴァが、れっきとした「男」だということだ。
「ちょ、ちょっと待て、落ち着け! 落ち着けシューラ! 話を聞け!」
叫びながら必死に身体をよじり、ルカはサブミッションからの脱出を試みる。
しかし、上に跨がったままの相手はびくともせず、平然とした様子で首を傾げた。
「? 落ち着いてるよ?」
シューラと呼ばれたサキュバスは、不思議そうに眉を寄せる。
その手には、禍々しく蠢く黒紫の球体があった。靄のようなものを纏うそれは、先程シューラが生み出したばかりのものである。
「さ、さっきから持ってるそれはなんなんだよ! 怖いよ!」
「ん? これはわたしの魔力を固めたものだよ。これをぶつけて男の子の素を全部出しちゃえば、女の子になれるんだよ!」
「はぁ!?」
「あっ、痛くないから安心して。むしろすっごく気持ちいいって話だし――」
恐ろしいことを笑顔で言い放つシューラに、ルカは顔を青くしながら喚いた。
「は!? っていうかお前魔物だろ!? しかもよりによってサキュバスなのにそういう方法っておかしくないか!? せめてなんかもっとこう……あるだろ! うれしはずかしな感じとかドキドキする感じのやつとか! いや例えそれでも嫌だけど!」
「えっ、どうだろ……うーん、ごめん。思い浮かばないからこのまま撃つね!」
「やっ、やめろおおおっ!」
店内に響き渡るほどのルカの声はしかし、更衣室の魔力式吸音壁に吸い込まれて漏れ出すことはなかった。
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「シューラ、またお前か……」
休日の朝。
家を出て数秒で、ルカはうんざりした声とともに足を止めた。
その眼の前に立っていたのは、布面積の極めて少ない服――というのも憚られるような格好をした、サキュバスの少女である。
「えへへ、おはよー!」
ぴょんと手を上げ、元気よく挨拶をすると胸がゆさりと揺れる。
乳の下半分、言うならば南半球が露わになっているタイプの服装はこういう時とても破壊的だった。
こんな服装をしているのは種族のせいもあるのだろうが、それにしたってあまりにも無防備で目のやり場に困る。
胸から視線をそらしつつ、ルカはため息混じりに告げた。
「だから、つきまとうなって言ってるだろ。何が目的なのか知らないけどさあ」
「まあまあ、そうおっしゃらずー」
言いながら、シューラはさり気なく距離を縮めてきた。はちみつ色の緩く柔らかな長髪がふわりと靡いて、甘やかな匂いが漂ってくる。
ルカは気づいて離れようとするが、腕を絡められてしまい逃れられない。豊満な双丘が腕に当たっているのにシューラは気づかないのか、それともわざとなのだろうか。
すでに1週間ぐらいはこの調子で、外に出る度にどこからともなく現れてずっと付きまとってくるのだ。
その理由は、今のところ不明である。
最初こそ得体の知れない状況に困惑していたルカだったが、どんな突拍子もない出来事でも一週間続けば慣れてしまうものらしい。
「えへへ、今日もかわいいねえ」
シューラはぴったりとくっついたまま、ルカの服装を見て頬を緩ませる。
今日のルカの格好は、チェックのスカートに糊のきいたシャツとかっちりめなジャケットという女学校の制服を模したトラッドスタイルだった。
棘を感じさせる目つき以外は繊細で儚げな顔の造形も含めて、ルカを見た者はおそらく十中八九が「美少女である」と判定するだろう。
首ぐらいまでの丈の髪だけは若干中性的とも言えるが、少なくともそれだけでは誰も男性だとは思わないはずだ。
「そういう台詞、お前が言われる側なんじゃないのか?」
「えっ、わたし!? わたしは……言われないかな」
「あー……確かに、かわいいってのはちょっと違うかもな」
ルカは改めてシューラを見て、ふさわしい言葉を考える。
蜂蜜を纏ったような長髪、金色に輝く妖しい瞳、すらりと高い背、そして言うまでもない完璧なプロポーションの身体。シューラは、見た目だけで言えばまさに「男を籠絡する手管に長けた妖艶なサキュバス」そのものだった。
しかし、その中身に少し問題があるのだ。少女――というか、むしろ女児と言ったほうが正確なほど、シューラの
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