硝子の心

「タバサくんはマジメだねぇ」

キュー、っと油性マジックで線を引いていると、ふと頭上からそんな声が響いた。
上からボールペンで、我が店特有のウサギマスコットを描きながら顔をあげる。

「おだてても何も出ませんが」
「そういうつもりじゃないよ。ただ今どき珍しいけど、有難いねぇって」
「はぁ……」

(*'▽')
lt;店長のススメ
ゲイザーちゃんと、心優しい少年の王道ファンタジーラブコメディ

そこまで書いてしまって、なんともひねりのない煽り文句になってしまったと後悔する。
仕方ないのでゲイザーもちょちょいと描いて、内容のセリフを一部抜粋。
「あ、アタシじゃもふもふは出来ないけど……。ほ、ほら! 触手でぎゅーってしてやったらあったかいかもしれないぞ!」
健気なゲイザーちゃんかわいいよゲイザーちゃん、とまで書き込みふむと頷く。

完っ璧。

「こんな感じでいいですか?」
「キミは無表情で愉快なことを書くね……」

何やら胡乱な視線を送る店長から目をそらし、ジョキジョキと雲状にPOPを切る。
これだけやれば、最低限の完成度にはなっているだろう。

「じゃあ、これ貼り付けてきます」
「いや、勤務時間外にそこまでしなくても構わないよ。あとは別の子に任せおくさ」
「ですが僕が任された仕事ですし……」
「いいからいいから。これ以上はさすがに申し訳ないし……はいこれ」

と、ラッピングされた本を手渡される。
件のPOPと引き換えに、という約束のブツである流行の小説である。
こういう些末事でも律儀に報酬を用意してくれる店長も、大概マジメなのだろう。

「あざっす」
「こちらこそありがとうね。こういうちょっとしたものがどうにも私たちには作りにくくてねぇ」
「そんなもんですか。10分少々の作業で文庫本一冊ならボロ儲けなのでいいですが」
「タバサくんそれ店長の前で言っちゃダメ」

てへぺろ。
苦笑いの店長にお疲れさまですと告げ、荷物をまとめる。

「あぁ、そういえばタバサくん。シフト減らさなくて大丈夫なのかい?」
「? 別にテストも何もありませんけど……」
「いや……、その、遊びとか、彼女とかないのかい? ほぼ六日出ずっぱりじゃないか」
「生憎と読書くらいしか趣味がありませんし、彼女もいないので」
「う、そ、そうかい……」

むぅ、困ったと顎に手をやる店長にはてと首を傾げる。
しかし、すぐにピンとくるものがあった。

「もしかして税金ひっかかりそうですか?」
「……計算してみたら、このままじゃ年末に働いてもらえなくなりそうでね」
「なるほど分かりました。じゃあ来週から減らして構いません」
「すまない……、来週からは基本火曜日だけでお願いしていいかな?」

火曜日だけか……、給料減りそうだなぁ。
まぁ、来月はガッツリ突っ込むことになりそうだし、仕方ないだろう。
店長からシフト表を受取り、大丈夫ですと了解する。

「では改めてお疲れさまです」
「うん、お疲れ。また来週ね」

手を振る店長に応え、僕は休憩室からレジをすり抜け、そのまま入口から帰路に着く。
自動ドアがウィーンと開くと、暖房の効いていた店内とは打って変わって身震いする寒みを感じる。
いい加減、衣替えくらいした方がいいかもしれない。

「……はぁー」

もう息も白くなる季節か。
というか、明日からどうしよう。素晴らしくやることがなくなってしまった。
大学のコマ割りも少なめだし、まぁ、だからバイトをぶち込んでいたのだが。
積読なし、課題なし、お金なし、友達なし、おい最後言ったやつ誰だ。

「……ま、どうにかなるでしょ」

最悪ネット小説でも読んでいたら数週間くらいあっという間だ。
問題は好みの話が見つかるかどうかだが。
などとぼんやり考えていたら、いつの間にやらアパートの前だ。

アパートの前……なのだが。

「…………なんだあれ?」

黒っぽい毛玉が、部屋の前にいる。
毛玉……ではなく、子供が体育座りで蹲っているようだった。
ピコピコとケモ耳? と思しき毛先が揺れている。
ウルフ属の子供かと思ったが、腰のあたりから悪魔っぽい翼が生えている。
しかし尻尾はもふっとしており、サキュバス系なのかケモノ系なのか判別がつかない。

「………………」
「………………」

ピコピコと耳だけが動き、睨み合いが(睨んでないけど)続く。
玄関ドアを背に丸まっているせいで、部屋に入れない。
しかし僕の第六感が『コイツをどけると面倒ごとになる』と告げている。
というか、魔物とか家まで来る女性と関わると、経験上ロクなことにならない。

(…………スーパーで珈琲買い足そう)

ここは諸事情により、戦略的撤退を選ぶ。
べ、別に逃げてるわけじゃないんだからねっ、とか言い訳してみる。

―――が、そんなこと許されるわけもなく。

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