生まれた頃から今にして、僕の人生は素晴らしく特筆することのない詰まらないものだった。
顔も頭も体格もどれをとってもいい意味でも悪い意味でも特筆するところがなく、家柄も少し不仲ではあるがありふれた中流家庭。
友達はいても親友はおらず、仄かな片思いすらない灰色の人生だった。
小説で言えば、名前すら与えられない量産型モブみたいなモブモブしい野郎が僕である。
それだけ詰まらない人間だと、卑屈ながら自負している。
しかしながらそんな僕にも、不本意ながらスポットライトが当たる日は来るらしい。
実家を出て、仕送りとバイトで生活を送るこの角部屋は、一人暮らしでも少し手狭に感じられる。
贅沢者め、と自嘲したいのだが生憎とそれどころではない。
座椅子に腰かけたまま、ちらりと視線を卓袱台の上に動かすと、そこには化粧水と保湿クリームの入った、女子力の高い手提げカゴ。
また上に視線を上へと動かせば、柄パンYシャツにしれっと混ざる黒レースのパンツとブラジャー。
そしてシステムキッチンでは、鼻歌交じりにお玉を回す女性の後ろ姿。
腰まで伸ばした御髪は、まるで日光を一身に浴びる雪原のように白い。
『ゆとり世代』と豪快に刻まれたダボダボの半そでTシャツから覗くおみ足も色白で、しかしその肉付きの良さは実に健康的な曲線を描いている。
アルビノの尻尾にツバサ、黒曜石のような立派なツノ。
僕の眼球が異常をきたしていなければ、キッチンでリリムさまがお昼ご飯作ってますね、ハイ。
……一応、重ねて言っておくが僕は凡人も凡人。
更に言えばヘタレまで拗らせている、今風に言えば凡夫オブチキンである。
なのに、何故だろう。僕のマンションルームで、エリートもエリートの魔王の娘、リリムさまがジャカジャカと手慣れたようにフライ返しで肉野菜らしきを炒めているのは。
何ゆえにこのような状況なのか、実を言うと僕もよく分かっていない。
しかしながらこうなった転機に関してを言えば、思い当たるところはある。
そう、あれは高校に入って一年して、一人暮らしにも慣れてきた頃。
お気に入りの中華屋で麻婆丼を食べていたときのこと。
「すいません、相席いいですか?」
お気に入りだけあって昼時が混むのはよく知っていた。
はい構いませんよー、と、半ば反射で応えて顔をあげて、思わず固まった。
お察しの通り、今キッチンで着々と調理を進めるリリムその人であったからだ。
パンツスーツの胸元を肌蹴させ、目の下にやたらクマを溜めこんでいたが。
(わー……、生リリムだー……)
なんて思いながら、あまり見ちゃ失礼だよなと麻婆丼に視線を戻したのは今でも憶えている。
言っておくが、断じて色気より食い気にそそられたわけではない。
確かに四川飯店の麻婆は絶品だが、ちゃんと彼女のことは綺麗だなーと意識はした。
しかしながら考えてほしい。
かたやモブ男子高校生、かたや社会人の魔王の娘にして別嬪さんのリリムさま。
意識するのもちゃんちゃらおかしい身分不相応。
正直、『雲の上の御方』みたいな認識であったのは否めない、いやそれは今もなのだが。
だから、そんな彼女から不意に声をかけられたのはかなりビビった。
「麻婆丼、美味しいですか?」
「むぇ?」
レンゲを片手に顔をあげると、彼女は暇を持て余しているのかこちらをじーっと見つめていた。
ごくりと口の中のものを飲み下し、まぁ、と口癖が突いて出た。
「美味いですよ、僕は。辛いの苦手な人には厳しいかもですが」
「えっ、辛いんですか?」
「ですね。胡椒めっちゃ効いてます」
ふーん、と彼女はまじまじとこちらを見ながら鷹揚に頷いていた。
気さくな人だなーと思いつつ麻婆丼をもう一口。
「すいませーん、麻婆丼を一つお願いしまーす!」
オーダー、麻婆丼一丁! と厨房からは威勢のいい応え。
リリムさま辛いの平気なのかー、なんてぼんやり思いながらお冷を一口。
と、思ったらセルフのお冷が空になっていた。
折角だから、と彼女のお冷もついで席に戻ると、少し驚いたようにこちらを見ていた。
「えっ、私の分も注いできてくれたんですか?」
「まぁ」
内心、「もしかしてコイツ私に気があるんじゃないの、キモッ」と思われてないか危惧しながらお冷を置くと、彼女はしばし呆然としていた。
僕が席に着くと我に返ったのか、ふんわりと微笑んでドキリとした。
目の下のクマが痛々しかったが、それでも美人であることは変わりない。
「ありがと、キミ優しーんだね」
「……いえ、別にこれくらい」
とか何とか、モゴモゴと気恥ずかしくてまともに返せなかった気がする。
顔を隠すように丼を掻っ込み、熱くなった顔を冷ますようにお冷も一気に呷る。
お会計お願いします、と立ち上がろうとすると、くいっと袖を引かれた。
「ねーねー、LINE
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