ウチの冷蔵庫

「お前またかお前よりにもよってチクショウお前……」

ごくごくありふれた住宅街のアパートの角部屋。
そこには、冷蔵庫を全開にしたまま、orzとくずおれる男の姿があった。
というか僕だった。
素足でフローリングを歩くのも厳しくなってきたこの頃、床についた掌が冷たい。
しかしながらそれ以上に、特に理由のない理不尽なショックが脳内を占めていた。

「ラ・ブランシェのチーズケーキはやめろよ……、わざわざ名前書いてただろチクショウ……」

もはやチクショウとしか言えない。
なぜその隣に置いていたコンビニプリンを持っていかなかったのか。
ピーピーピー、と庫内温度の調整を知らせるアラームに盛大にため息を吐く。

「この不良品が!!」

八つ当たり交じりに冷蔵庫の戸を叩きつけるように閉める。
良い子は真似しないでください。



最近、冷蔵庫の中身が消える。
あえて言っておくが、そういう仕様というわけではない。
一人立ち祝いに母さんが買ってくれた、当時は最新モデルだった普通の冷蔵庫だ。
いったいいつからこんな怪奇現象が起きていたのかはサッパリ見当がつかないが、きっかけは先週のことだった。
せっかくの花金、たまには飲むかと糸こんと親かしわの煮しめを肴にしようとしたら、手をつけた覚えもないのに影も形も無くなっていた。
まさかのつまみ無しに、開けてしまったチューハイを飲み干して悲しい夜を過ごした。

正直、この時はボケていたのかな? 程度にしか思っていなかった。
物忘れの激しい性分ではないが、些末事をイチイチ覚えていられるほど几帳面ではないつもりだ。
しかしながら、そんな小さな『ボケ』でも積もれば違和感になる。
作り置きした揚げびたしのおナス、自分へのご褒美と買ったコンビニスイーツなどなど、無差別に消えていく品々に気付いたときは少しイラっときた。

極めつけは今日のチーズケーキ。
駅前スイーツ特集で見かけて以来、たまの贅沢に、自分へのご褒美にと口実に口実を重ねて予約し、どうせなら何の気がかりもない花金にと、それはもう酪農家が乳牛に愛情を注ぐかのように大切に大切に取っていたチーズケーキが無くなっていたらチクショウめぇ!! とヒトラりたい。

この冷蔵庫にはきっと妖怪か何かが憑いているに違いない。天狗じゃ、天狗の仕業じゃ。

「家賃払えクソッタレ」

仕方なく、チーズケーキの隣に置いていたカモフラ用コンビニプリンのフタを開く。
正直、盗られるんじゃないかという懸念があったゆえの抵抗だったのに無駄になってしまった。
もうこれ冷蔵庫買い替えてやろうか、今度はセコム付の冷蔵庫買おうチクショウ。
二度目のため息をこぼし、スプーンでプリンを掬おうとしてはたと気付く。
そう言えばこれカラメルソースが別で付いてたんだったわ。

「ったく、カラメルソースもセットで置いとけよ俺……」

自分の失態のくせに愚痴をこぼして、冷蔵庫の戸を開く。
どこに置いたかとカラメルソースを探そうと覗き込み、はてと違和感を覚える。



なんか、冷蔵庫の奥が緑い。
ゴツゴツと大きなトカゲのウロコのようなものがびっしりと並んで、冷蔵庫の奥がてらてらと照明を反射している。
言っておくが、そういう設計では断じてない。
我が冷蔵庫はお化けのQ太郎もビックリなまっしろしろすけである。
あれー、おかしいなー、と思いながら更に覗き込む。



目が合った。



金色の瞳が、ジャム瓶とマーガリンの隙間からこちらを覗き込んでいた。
ぶわりと頭のてっぺんから足の爪先へと鳥肌が走ると同時に、その瞳がカッと見開かれた。
瞬間に、冷蔵庫の奥からニュッと、宝石のようにツヤツヤとしたウロコに覆われた大きな手が伸びてきて、冷蔵庫の戸に掛けていた手首をガッと掴んだ。
ファッ!? と笛から空気が溢れたような不調法な悲鳴が漏れる。

天狗じゃなくて、貞子の仲間がいたようです、この冷蔵庫。

「イ゛ェ゛ァ゛ア゛ア゛ア゛!? ごめんなさいごめんなさい家賃払えとか言ってごめんなさい祟らないでください!?」

振り払おうにも力強く握られているせいか、腕がピクリとも動かない。
ぅゎさだこっょぃ!!

「お、オイ貴様! 少し落ち着け!!」
「キェェェェェェアァァァァァァシャァベッタァァァァァァァ!?」
「落ち着けと言っているだろう!?」
「おおおお前お化けに落ちちゅけ言われて落ちちけるかバーカバーカ放せバーカ!!」
「バッ!? バカでもお化けでもない!! 頼むから話を聞け!!」
「ああああ手ぇぇぇえええ!? 手首折れる手首折れる手首折れる痛い痛い痛い!!」

ミシミシと骨の軋む音に悲鳴を上げると、慌てたようにパッとウロコに覆われた掌が放される。

「! す、すまん!!」
「え!? いやそこで放すの!?」

いや別にいいんだけどさ!?
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