“子供の心にトラウマを刻むのに、大事件はいらないものだ”
昔の話をしよう。
十数年生きた程度の若僧が、ちょっと意固地になるまでの簡単な話だ。
義務であれ、選択であれ、教育課程を経た者であれば修学旅行なるものを経験をしたであろう。
基本的に学校行事と言えば団体行動だが、修学旅行はいつものそれとやや異なる点がある。
それは、小班に分かれて動くということ。
先生を隊長として、小班の頭はその通り班長と言うべきだろう。
これを決めるのに、もめた経験がある人ならあるいは、もう大体お察しかもしれない。
漏れなく僕も、多少なり悶着があった一人だ。
例えば、僕の班にはAとBという友達がいたのだが。
Aは何でもソツなくこなす冷静なヤツで、Bは流されやすいムードメーカー。
当たり前だが、班長なんて役割は正直面倒くさい。
然しながら面倒くさい以上に、適役は確実にAだと思っていた。
僕は我が強いし、Bは引っ張るよりも背中を押すタイプだ。他の班員は、そもそもよく知らない。
そんなわけで、Aを推薦したのだが、Aは僕を推薦した。
まぁ面倒くさかったのだろう。Bも便乗して僕を推薦し、周りも流されて僕を推薦した。
そんな状況で意地でも断るほど、空気が読めないわけではなかった。
ただ、「文句は言うなよ」とだけ予防線を張って、仕方なく引き受けるのが妥協点だった。
結果を言えば。
責任感を持ってやり通した、と言えば聞こえはいいが、正直多少グダグダだった。
当たり前だろう、他人を引っ張るような能力もなければ人望もないのだから。
だからそれなりに頑張ったつもりだ。
先生からの連絡事項は一字一句たがわずに一人一人に伝えたし、予定時間と腕時計とは目眩がするほどににらめっこした。
そこがやや神経質すぎたのだろうか。
慣れないことはするものではなく、修学旅行を終えてバスで帰るころには、割とクタクタだった。
外をぼんやり見ながら、Bと談笑していた。
「いやぁー疲れたねー! フワもお疲れー!」
「おー……」
「にしてもアレだねー!」
僕は粘着質だから、たぶんこいつの発言は一生忘れないだろう。
「やっぱりAに班長任せた方がよかったね!」
◆ ◆ ◆
出席番号23番は確かに僕の座席を示している。
『不破結弦』という名前も間違いなく僕を示している。
だがそれは、名称あるいは呼称という看板でありその本質とは何ら関わりはない。
「はい、委員長」
「ありがと、フワくん」
班員のプリントをまとめた紙束を手渡すと、委員長はにこりと愛想笑いを浮かべる。
それ以上、僕と委員長の間に言葉はない。
班活動の相談とはいえ、授業中であるにも関わらず騒がしく雑談に興じる席に戻る。
「せんきゅー、フワー」
「おかえりー、フワくーん」
ただいまー、とか、どいたまー、とか当たり障りなく返す。
それだけで、二人は昨日のMステがどうだの、ガチャが当たらないだのと雑談に戻る。
いつぞや、幼いころにこんな一文を読んだことがある。
『私は単数ではない。まわりの人間にたいして、なんの感情も関係も持たない人間は、死人と同じだ。そして感情と関係は、記憶という名で、個人に蓄積されるんだ。それを個性と呼ぶことも可能だろう』
何か思うところがあったわけでもない。
だが、今の自分を冷めた目で客観的に見ている自分の胸に、ストンと落ちてくるのだ。
例えばA。
未だ交友関係は続いているが、それは当たり障りなく顔を合わせればよっと声を上げる程度の、俗にいう『よっ友』程度の付き合いだ。
そこにはきっとお互い、何の感情もない。
嫌いでもなければ好きでもなく、ただなんとなくそういう距離が保たれているだけだ。
例えばB。
僕はアイツが嫌いだが、アイツは僕のことをどうとも思っていないどころか、ひょっとすると僕のことなんかもう覚えていないかもしれない。
コロコロと色々なヤツと遊んでは、を繰り返しているし、そも僕とは学校が違う。
覚えていたとしても、きっと僕に会うときに『思い出す』程度の仲だろう。
例えば委員長。
勉強も協調もほどほど、目立った悪評もなければ好評もない僕は、目の上のタンコブでも何でもない、彼女のいうところの『みんな』の一人だろう。
そこに特別な意識はないし、それだけの一言で済まされる関係だ。
例えば隣の二人および、ここのクラスメート。
僕の名前は知っている、しかし個人的に遊ぶこともなければ羨ましがる要素も妬まれる要素も親しまれる要素もない、劇中の木にも等しい存在だろう。
逆に目立ちそうだが、それ以上に注目すべき友達がいる以上、その視界に僕はいない。
端的に、何を言いたいのか。
この場において、僕は単数だ。
誰もが僕を知っているが、まるで識らず。
いてもいなくても変わらない、没個性と透明人間
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