外はただ、黒洞々たる夜があるばかり。
自分の身体が暗闇に溶けているのではないかと思うほど、歩いても歩いても動いた気がしない。
ジリジリと肌を焦がすような熱気も相まって、まるで地獄にでも堕ちたような気分だ。
それでもきっと、ぼくはまだ生きている。
じくじくと痛む左眼を、包帯代わりに千切って巻いた袖の上からなぞる。
棒のように疲れた足も、小石が刺さって痛む足裏も生きている証だ。
───いっそ死んでいればよかったのに。
「…………っ」
生々しく頭の中に響いた声に、思わず後ろを振り向いた。
然れども、一寸先すら見えない、ただただ深く、何よりも濃い夜があるばかり。
もうとっくに、限界を超えているつもりだった。身体も、心も。
いい加減、立っていることさえ気怠く、ぺたりと腰を下ろして膝を抱く。
眼を閉じてしまった方が、明るい気がした。
このまま眠ったら、死んでしまったりしないだろうか。
死ぬってことが、もう二度と目覚めることがないってことくらいは知っている。
ずっと目をつぶって、こんな地獄のような世界を見ないでいられるなら、願ったり叶ったりだ。
もしも生まれ変わりがあるなら、そんな夢を見ていいなら、次は人間がいいなとぼんやり思う。
みんなと同じように生まれることを祝福されて、頭を撫でられたい。
みんなと同じように天使さまと神さまに祈りを捧げて、お伽話に憧れたい。
みんなと同じように美味しいパンをかじって、きれいな水を飲んでみたい。
「………………」
でも。
でも、無理なんだろうな。
ぼくは神さまが死ぬほど憎いから、きっと次も悪魔なんだろうな。
ははは……、あー……、なんで生まれたんだろうなぁ……、ぼくなんか……。
うだるような暑さも、痛いほどの疲労感もどこか遠く、もう他人事のように感じる。
もう、眠い。疲れた。
膝を抱いたまま、横に転がる。
思考もまともに働かず、もやがかかったような脳内まで気怠さに侵されていく。
このまま、二度と目覚めないことを祈って、眠ってしまおう。
祈るような神さまなんていないけど、そう願うくらい別にいいだろう。
ジャリジャリと、どこか遠くから砂利道を踏みしめる音が地面から伝わる。
誰かがこっちに来てるらしいけど、そんなことはどうでもよかった。
どうでもよかったけど、もし誰かが来るなら、それは魔物だったらいいなと、とりとめもなく思った。
なんだかんだで、本物の悪魔を……、見たことなんて…………、なかったもんな………………。
ぼくの意識は、そこで微睡に呑まれていった。
◆ ◆ ◆
ボロボロに崩れた屋根の隙間から、ぱたりと頬を打つ雨の感触。
とても人間の住まうような場所ではない、廃墟のような誰もいない家が少年の家だった。
少年はむくりと起き上がり、全身に響く鈍痛に身をよじった。
至るところに投げつけられた石礫の青痣を撫でて、重たそうに瞼を上げる。
焦点の合っていない、至って普通の無垢な右眼。
本来は白いはずの強膜───白目が、なんの悪意か真っ黒に染まった左眼が露わになる。
主神を信奉し、魔物を毛嫌いする。
そんな国に、望んでもいないのに生まれおちてしまったのが少年の運の尽きであった。
少年の誕生を祝福するために立ち会った人々は、口々に悪魔の子だと呪いの言葉を叫んだ。
小さな村から国中へ、あっという間に悪魔が人の腹から産まれたと噂は広まった。
両親は少年が生まれて5年で、彼をおいて村を去った。
教団も、村人も、何もかもが石を投げてくるような村で、5年も耐えれたことが奇跡だった。
おかげさまで、少年の世界は地獄だった。
寄らば蹴られ、酷いときはピッチフォークで刺されそうになったときもある。
遠ざかば悪魔と謗られ、大人も子供も構わず石を投げてくる。
そんな環境で少年は、両親がいなくなってから一度も喉を震わせていない。
頭の中でどれだけの言葉を考えても、それを一度たりとも口にはしなかった。
その姿が、余計に不気味だったのだろう。
誰一人、少年に手を差しのべる者はいなかった。
左眼に悪魔を宿した、おぞましき怪物。
少年の生まれた教国での彼への認識は、おおよそそんなものだった。
「………………」
目覚めて数刻、意識を覚醒させた少年がいつも考えるのは、どこに行くかであった。
パンを食べなければ人は生きていけないし、水を飲まなければ人は生きていけない。
それくらいの知識はあったが、人に会えば食べ物ではなく石を投げられる。
如何にして人のいない場所に行くか、ただそれだけしか考えていなかった。
幸いにもその日、少年が目覚めた朝はいつもより早かった。
寝惚け眼を擦りながら、村はずれの川べりへと小走りで向かった。
そして草を食む。
木の根をほじり、無理やり胃の腑へ飲下す。
吐きそうになっても、無
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