トイレのお化けさん

ぎしり、と大きく床板が軋んだ。
くすんだ木目と目が合い、思わずごくりと生唾を呑んだ。
歩を進めるたびに、積もった埃にくっきりと足跡が残っている。

…………大丈夫かしら、ここ。いきなりバキッと床抜けたりしない?

「…………………」

昼休みの喧騒が、どこか遠い。
いや、どこかとか言っておいてなんだけど、当たり前のことか。
正午というのも疑わしいくらい不気味に薄暗い、ここに来る生徒なんざいるまい。
電灯はバキリと割れて、床にはボロリと穴が、天井にはペシャリと蜘蛛の巣。

「……何やってんだろなー、僕」

ホント、なんでこんなところに来たのか。
別に、体育館倉庫なり、プール裏なり、人気のないところは別にもあったろうに。
よりにもよって、なんで取り壊し予定のこんな廃校舎に潜り込んでいるのか。
いや、マジレスするとただ昼メシ摂りに来ただけなんですけどね、はい。

「しっかしまー、すげー埃……。いつから使ってないの、ここ」

教室の机も撤去されていて、弁当を広げられるような場所はパッと見当たらない。
というか、椅子と机がセットであっても、埃が積もってるようなところで弁当を広げたくない。

そんな感じで、ちょうどいい昼食スペースを探していた時だった。

――…………すん。

「……ん?」

まるで、鼻をすするような、そんな音が聞こえた。
……誰かいるの? こんなとこに?
そういえば、クラスの連中が変な噂をしているのを思い出した。
あれだ、『トイレのなんとかさん』。旧校舎のほにゃらら階のトイレでうにゃうにゃしてると。
…………うーん、曖昧すぎる。いやだって、ホント横から聞いただけなんだもんなぁ。

「んー……」

まぁ、花子さんでもなんとかさんでもなんでもいいや。
お化けなんてないさ、どうせ、隙間風がそれっぽく聞こえたんでしょ。

「あぁ、でもトイレなら座れるし、水場だから埃もちょっとはマシかな」

怖いもの見たさに肝試しに行く口実にも聞こえるけど、特に他意はない。
もう机と椅子は諦めて、せめて座れればと、本当にそう思っただけ。
コンクリート地べたリアンも悪くないけど、いい加減ズボンを砂埃で汚すのは面倒くさい。
もっとも、綿埃で汚れる方が面倒な気もするけども。

「あ、あった」

トイレ。
当たり前だけど、男子トイレの隣には女子トイレがあって、誰もいない廃校舎だから、ちょっと興味も湧かないでもない。
入ることがないし、どんな風なのか気にならないでもないよね。
……いや、入らないけどさ。

(……教室よりはマシ、かな)

男子、トイレを覗き込んだ感想は、端的にそんな感じだった。
ボロボロべしょべしょ汚いけど、埃もそんなになくて、アンモニア臭がするでもない。
これならまぁ、及第点だろう。

「失礼しまーす……」

と、言っても誰もいないのだけど。










「ハァイ…………」









え。
ハァイ。って、え。

「……………………………」

えー……。
さっき、たぶん、ハァイって返事が聞こえたハズ。
そう言い切れないのは、このトイレにまるで人のいる気配がなくて、ひどく静かだからだ。
まるで幻聴だったみたいに、そんな気がしてならない。

「……………………………」

それからも、特に人の声はしない。
やっぱり、気のせいだったのかな……?



…………んーんんんん。



「も、もしもーし……?」









「ハァイ…………」










あ、いる。誰かいるんだ。
へぇ、穴場だと思ってたけど意外と先客がいるもんなんだなぁ。
いると分かったら、ちょっとホッとした。もしかしたら、僕と似たような人かもしれない。

「あ、あー、えーっと、お邪魔しま……す? うん? まぁいっか、あの、ちょっとここでお昼を食べさせていただければー、みたいな?」

わーお、誰かと話すの久々すぎて自分でも何言ってるか分かんねー!
コミュ障丸出しで気持ち悪がられたりしないかなぁ。
と、内心ガクブルの僕に声の主は気を悪くした様子もなく、

「ハァイ…………」

と、壊れたラジオのように繰り返しただけだった。

(向こうさんもコミュ障さんかしら?)

僕は呑気にそう思った。
まぁ、人がいることを気にする神経質なタチじゃないってんなら、僕がいても怒るまい。
端っこ至上主義の僕は、とりあえず一番奥の個室に行って、ドアノブを捻った。

ガチャ。



「バァ?」



青白い、お化けがいた。
歴史の教科書に出てきそうな、真っ黒なドレスに身を包んだ、血の気のない青白い女の子。
髪は絹みたいに真っ白で、王冠のような真っ黒なティアラがよく似合っている。

ていうか、そんな呑気に観察している場合じゃないんじゃないかしら。
そのお化けさん、なんかヤバそうなお化け
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