「べろべろばァ〜。ドッキリモンスター、ゲイザーちゃんだぜー?」
一拍置いて、大きな悲鳴がめっきり涼しくなった夜空にこだまする。
やれやれ、こんな遅くに近所迷惑な男だ。
まるでバケモノに出くわしたような悲鳴あげやがって、失礼しちゃうぜ。
「あ……、あぁ……!」
パクパクと金魚が酸素を求めるように口を開く男。
なんて笑える間抜け面だ。そうだ、それが見たかった。
「ヒヒヒッ、さァ〜てどうしよっかねェ〜? 食べちゃおっかなァ〜?」
勿論、性的な意味だが。
生憎と男は魔物ジョークは通じなかったようで、笛が鳴るようにヒッと小さな悲鳴をあげる。
……ふん、冗談だっつの。誰がお前なんか食うか。
「そうだなァ? 三回まわってワンでもしろよ、そしたら逃がしてやンよ♪」
「ほ、本当か……?」
「あァ♪ 自慢じゃねェがオレは正直者だぜェ?」
ホントホント、嘘なんかついたことないない。
ニヤニヤと笑うオレに、男は疑いながらもその場を怯えたようにぐるぐる回り始める。
ヤバい、おっさんが何やってんだ、ウケる。
「わ、わん! こ、これでいいんだ……?」
「キヒヒヒッ! あァ、いいぜェ……! どこへなりとも好きに行け、よ!」
ぎょろり、と一斉に男に視線が刺さる。
『全裸で森ン中フルマラソンしてこいよ』
そう暗示をかけると、ソイツはわなわなと震えていた。
「う……あ……ぁ?」
ぐるぐると男の眼が回り、胡乱げに服を脱ぎはじめる。どうやらオレの暗示が効いたようで、そのままそいつは上の空で鬱蒼と茂る森のなかへ素っ裸で駈け出してしまった。
きっと、明日には誰か魔物の餌食になってることだろう。
あーあ、オレ知ーらね♪
「ヒヒッ♪ バカなニンゲンをからかうのは面白いなァ♪」
感謝しろよ? これでテメェも明日から幸せな妻帯者だ!
あァ、なんて優しいんだオレは! モテない野郎のために後押ししてやるなんて!
なァんて……ンなわけあるか、ばァ〜か! 勝手に食われてろっての!
「お、また来たな? 次はどうしてやろうかなァ?」
近くの茂みに隠れ、次の標的を待ち構える。
驚かしてばっかってのも芸がないし、次は飛びかかってやろう。
そんで、今度は町中を逆立ちで走らせてやる! キヒヒヒ!
(ヒヒ、1……2の……3!)
「うわっ!?」
フードを目深に被ったその男に飛びかかり、勢いでそのまま押し倒す。
さって、今度はどんなヤツか……なァ?
「なに、何が起こったんだよ……って、うん?」
フードがめくれて露わになった男の顔は、ひどく恐ろしい形相だった。
いや、強面とかムンクの叫びとかそういう意味ではない。
顔の左半分がまるで酷い火傷でも負ったかのように崩れているのだ。
血の気が引いた頬はゲッソリとして、カサブタのような肌色はなおも生々しい。
左目も生気を失い、本来は色づいていたであろう瞳も真っ白になっている。
まるで、お化けみたいだった。
「ひ、ヒ……っ」
「ひ?」
「ひぎゃぁああァァあああ!?」
お化けは、苦手なのだ。
「……ぃ…………、ぉぃ……ぃな……起きなってば」
う、うぅ〜……お化け、グロい顔面お化けが……う?
ペチペチと頬を叩かれる感触に、緩やかに意識が覚醒する。
薄目を開いてみると、さっきの男がオレを見下ろしていた。
「ふぅ、やっと起きた? ごめんよ、驚かしちゃったみたいだ」
見れば、先ほどの火傷を隠すように大きなマスクが左顔を覆っている。
そうしてソイツの顔をよくよく見て見れば、どうやらまだあどけなさの残る若々しい面構えだった。
「…………」
「普段だったらマスクをしてるんだけど、夜風が気持ち良くてね。誰もいないだろうって思ってたんだけど、まさかいきなり襲われるとは思ってなかったから、ねぇ?」
嫌らしく微笑みながらチクチクと責めるような言い方。
そこまで言われて、ようやっと現状が掴めた。
どうやらオレは気を失って、この男に介抱されていたらしい。
「うぅ、クソ……情けねェ」
「あはは、これに懲りたらそんなアグレッシブな挨拶は控えた方がいいと思うよ」
まるで子供の悪戯を咎めるような言い草だな、ムカつく。
「うるっせ! ガキ扱いすンな!」
「可愛げないなぁ」
余計なお世話だ!!
って、うん? 何だ、何か違和感あるぞ……?
「どうしたの? ハトが豆鉄砲食らったみたいな顔だね?」
きょとんと、何事もないかのように首を傾げる男。
待て、待て待て待て。何でこいつは、さも『普通の子供』に話しかけるみたいにオレに話しかける?
「……お前、オレが怖くないのかよ?」
「え? あぁ、そっか。ここ反魔物領だったね。うわー怖いー食べられるー」
「喧しいわ!?」
何だ、コイツ旅人か?
でも、親魔物領の面子ですらオレみたいなバケモノ、
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