僕のバイト先のスーパーで、最近つまらない噂が出回っているらしい。
なんでも、夜の廃棄用ゴミ庫にはもったいないお化けが出るだとか。
「イズミ惣菜スタッフだろ? どう? それっぽいもん見たことある?」
喫煙室の片隅にて、好奇心旺盛な先輩は他人事のように笑いながら聞いてくるが……。
こちらとしてはあまり愉快な話ではないのである。
「もし目撃したら絶対捕まえてくださいよ先輩、そいつ本当に迷惑してるんです」
「お、おう? なんかあったんか?」
なんか、どころではない。
マイセンの火を消し、僕は一息に先輩にぶちまけた。
「あいつのせいでゴミ庫がめちゃくちゃ臭いんです! グロサリーの先輩はあそこ行かないから分からないかもしれませんがこの時期は本っ当に臭いんです! ガンッガンに冷房までかけてるのに蠅まで湧くし……! そんなところで生ゴミぶちまけられてて更に処分するのはほとんどウチらなんですよ、腹立ちますよホント!」
「さ、さよか……」
これが本当に迷惑な話なのである。
そのもったいないお化けとやらは、まるでホームレスのようにゴミ庫の、それも総菜コーナーの生ゴミばかりを執拗に狙っているのだ。おかげさまで後処理までこっちのスタッフが被り、しかもほとんどの処理は夜遅くまで残る僕がやらされている。
「だいたい監視カメラとかないんですか、とっ捕まえましょうよマジで!」
「あー、監視カメラはちゃんと付いてるらしいぞ? 店長も困ってるみたいだから愚痴ってたよ」
「じゃあ「あー待て待て、こっからが面白い話でな」
日頃の鬱憤を晴らそうとばかりの僕をなだめ、先輩がピッと人差し指を立てる。
何ですか? と露骨にジロリと目を細めると、可愛げねぇなぁと苦笑いされた。
あいにくと、まだまだ反骨精神バリバリの若造なんですが、何か?
「いやな、その監視カメラの映像見たわけじゃないんだが、なんでも人間じゃないみたいなんだ」
「………………は?」
思わず、何言ってんだコイツ? みたいな目になってしまったが先輩は続ける。
「夜間だから暗視機能も付いてるはずなんだが、早すぎてブレッブレなんだよ、犯人」
「それ、監視カメラの機能がクソなんじゃないですか?」
「ヒトが走ってるくらいなら、普通に録れる性能らしいぞ?」
何だ……それ?
い、いやいやいや、おかしいだろう?
「で、でも通ってるのは見えてるんでしょ? じゃあすぐに取り押さえに行けば……」
「ここも変な話でよ、ウチのゴミ庫って屋外の広々としたところにあるだろ?」
「そう、ですね。はい」
「一回、店長が独断でとっ捕まえようとゴミ庫に走ったんだよ。すぐ外は見晴らしのいい駐車場だし、捕まえられなくても姿形くらいは確認できるだろうって」
――でも、まったく見つからなかったんだ。
まるでホラーテイスト稲川淳二よろしくおどろおどろしく言う先輩に、ひくっと喉が鳴った。
ゴミ庫には僕もよく行くから、その見晴らしの良さは知っている。
あそこから逃げるとなると、店内か駐車場しかない。
しかも、店内に逃げるとすればすぐそこに店長室があったハズだ。
「ご……ゴミ庫に隠れてたとかは?」
「うんにゃ? 社員数名と探したらしいけど、まず隠れられるようなとこにはいなかったらしい」
「………………」
「それこそ壁抜けでもするか、空でも飛ばなきゃ絶対にかち合うハズなんだよなぁ」
……それは確かに、もったいない『お化け』なんて噂が流れても仕方のない話だろう。
いやでもお化けなんて非科学的じゃないか。いくら夏だからってそんな、ねぇ?
「お、ビビった?」
「び、ビビってなんかねぇですよ」
そんなのにイチイチビビってたら夜間バイトなんかできねーし。
そもそも僕お化けとか信じてねーし。っていうか本当にいたらお目にかかりたいくらいだし。
「盗られるゴミの量もかなり多いらしくてなぁ、よっぽど飢えてんだろうなぁ。あまりの飢えに、いつかゾンビみたいにヒトに食らいかかるんじゃってスタッフの中で噂になっててよ」
「僕が怖がってるの分かったうえで怖がらしにかかるの止めやがれください先輩!!」
掴みかかろうと手を伸ばす僕をひょいとかわし、先輩はぷぇーぷぇーと適当にあしらう。
そんなふうに、他愛のない休み時間は無駄に終わった。
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「悪いなイズミくん、残業させちゃって」
「いえ、大丈夫です。どうせ家に帰ってもやることないですし」
惣菜バックヤードのセッティングを終え、チーフはグッと背を伸ばす。
何でも三連勤だったらしく、もしかしたら疲れているのかもしれない。
「あとはもう廃棄だけなので、後始末は僕一人でも出来ますよ」
「ん? あ、あー……悪いなぁホント。じゃあ頼んじゃっていいか?
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