前編

「おい見ろよ、あれ、都心の兵士じゃないか?」
「何だ何だぁ? 穏やかじゃないな」

木陰で一休みにサンドイッチを食べていると、そんな会話が耳に入ってきた。
何とはなしにその兵士とやらを探してみると、一目見てすぐに分かってしまった。
ウチみたいな辺境の村には不釣り合いなほどに立派なチェーンメイルが眩しい。
警備兵ですら皮鎧ばっかのこの村では、異様とも言える豪華さである。

「珍ひぃなぁ……」
「お、美味そうなもん食ってんなノイ坊」

話し合っていたおっちゃんたちに混じり、まじまじと兵士を観察する。
まるでお上りさんのようにきょろきょろと落ち着きがない。

「ウチに本土の兵士が来るなんてよっぽどだよなぁ……、戦争とかじゃねぇといいんだが」
「そりゃねぇって」

即座に否定すると、おっちゃんがこっちを向く。
何でそう言いきれるんだ、と顔に書いてあるのは見るまでもない。

「わざわざこんな端っこの村に、戦争なんて非常時に戦力たる兵士を割いてまで報告に来るわけねぇじゃん」
「……おぉ、そりゃそうだ」

ちょっと考えたら分かるでしょうに……。
だがまぁ、その都心の兵士さまがわざわざ来るって言うことは、きっとロクでもことないんだろうなとは思う。少なくとも兵士が縁起いいものではないのは確かだし。

「そういやノイ坊よ、領主さまがお前さんを見かけたら呼んでくれと言っておったぞ?」
「え、マジで?」

別に大事ではない、そう安心したのかおっちゃんはパッと思いついたようにそう言った。
少し面食らいこそしたものの、別に珍しいことではない。
領主さまに名指しで呼ばれる、なんてことも稀にあるといえばある。
何せ小さな村だし、ちょくちょく村内を見回りにくる領主さまだし。
それに、一応まぁ俺のお得意様だし。

「それってすぐ?」
「まぁ早い方がいいんじゃねぇか?」

いい加減なおっちゃんの返答に、うーむと少し悩んでみる。
もうちょっとあの兵士ら見てたかったんだが……。

「仕方ねぇか、うん。ちょっくら行ってくる」
「おう、失礼のねぇようにな!」

ぶんぶんと元気に手を振るおっちゃんにひらひらと手を振り返し、領主邸へと小走りで向かう。





「領主さまー、来たぜー」

コンコンとノックして、執務室のドアを開ける。
ギギッと建てつけの悪いドアを強引に押し、中に入ると領主さまは難しい顔で羊紙皮とにらめっこしていた。どうやら俺が入ってきたのに気付いてないらしい。
そっと近づいて、羊紙皮を覗き込もうとして、ようやくこちらに気付いたのか、こらこらと相好を崩してパッと後ろに隠す。

「見ても何も面白いものではないぞ?」
「面白いかどうかは見てから決めるもんだぜ。というわけでちょいと拝見……」
「ダメに決まっておろうが」

覗き込もうと回り込むが、呆れたようにこちらに背を向けない領主さま。
よっぽど見せたくないらしい。

「ま、そっちはいいや。で、何の用ですか?」
「あぁ、お前を呼んだのは追加注文だ。少し多めにロウソクを頼む」

こりゃまた珍しい。
今日の分のロウソクは、実を言えばもう十分すぎるほど納品している。
追加注文、ということは、まぁ何かあったと見て間違いない。

「会議ですか?」
「……お前は本当に察しがいいから困る……」

そう苦笑いする領主さまに恐縮ですとニヤニヤ笑う。
本土から来た兵士、何やら面倒くさそうな羊皮紙、そして追加の会議。

「あぁそうだ、この村に魔物が逃げ込んできたらしい……」

―――――――――――――――――――――――――――――――――――

魔物。
なんでも俺たち人類の敵で、かなり凶悪な存在だとか子供の頃に教わった記憶がある。
曰く鋸のような牙で人をかみ殺し、剣のように鋭い爪で人を切り裂くとか。
だが、生憎と俺はその魔物とやらを未確認生命体とかそんなくくりで捉えている。
理由は単純、見たことがないからだ。
恐らく俺だけでなく、この村の人は全員が魔物といわれてもピンと来ないだろう。
なんか犬を大きくした感じかな程度の認識である。
都心のような魔物とバリバリ戦ってる連中ならともかく、ウチみたいな貧乏領地はそんないるかどうかも知らない連中より明日のメシである。
どちらかというと、収穫期のイナゴとか盗賊とかのがまだ恐ろしい。

領主さまの話を聞くかぎり、信憑性も怪しい。
本土の兵士の報告では、ドラゴンとかいうトカゲもどきが来たとか要領を得ないもので。
問題はないだろうが領民に不安を広げるわけにはいかないと、口止めするまでもなさそうだが一応された。報告を受けたからには対策を考えないといけないのが領主らしい。
まるで他人事のようだが、本当に他人事なのである。
別に俺は魔物と戦う兵士ではなく、夜の必需品であるロウソクを作るただの領民なのだ。


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