ジャカジャカと、鉄器の擦れる音が厨房に響きわたる。
「あいっ、ありあわせ炒飯できたよー」
どこか間延びした声をあげて、男性は手際よく鉄鍋の炒飯を盛り付ける。
彼の名は鳳 翔。若くして鳳飯店を一人で切り盛りするやり手である。軽空母ではない。
その腕前は中々のもので、住宅街に構えるということも相まって客足は縮むことを知らない。
幼くして包丁を握ってきた翔にとって、料理とは娯楽趣味と大差がない。
『↑この顔にピンときたら110番』とプリントされたエプロンを身にまとい、嫌に様になっている。
タケノコやらアスパラやら、どうにも季節外れのものが見えるがまぁ気にするな。
ちなみにタケノコはフロイト的に解釈すると明らかに男根のメタファーであり、大きくなると固くなるということはつまりお察しください。アスパラも筋張ってくるしこれはもうR-15不可避。
「うーわー……頼んどいてなんやけどこれ食うのちょっち怖いわー……」
平皿に盛り付けられたR-15炒飯を見下ろし、少女は頬を引きつらせる。
いつのタケノコだよこれ。如何にもそう言いたげな彼女だが、ありあわせだから仕方ない。
彼女の名前は鳳 翼。お察しの通り翔の妹にあたり、近所の高校に通うリアルJKである。
生憎と妹のため、バサ姉と呼んではいけない。
「大丈夫だって、冷凍保存してたやつだし」
「なんの保障やねんそれ!?」
翼の悲鳴を右から左へ、翔は躊躇なく炒飯を口に運んでいる。
炒飯から漂う香りはごま油がよく利いており、決して悪いものではない辺りが逆に怖い。
されど昼食を頼んだのは翼であり、空腹ゆえに頼んだために彼女はごくりと生唾を呑む。
「………………」
「食えよベネット」
「…………へへへへ、お匙も必要ねぇや」
野郎オブクラッシャー。腹をくくったのか、そう叫ばんばかりに翼は炒飯をかっ込む。
あ、もちろん匙でな! 素手で食うナンてインドな真似はしていない。
「……普通にうまい」
「普通に、は余計でしょうが」
「あだっ!?」
ビシッ、と翔のチョップが的確に彼女の脳天に叩きこまれる。
料理人は伊達ではないが、そのプライドも安くはない。
「愚妹のくせに生意気な。カップラーメンを料理と認めなくなってから出直しなさい」
「め、目玉焼きくらいやったら作れるもん!」
「お前の目玉焼きジャリジャリするから料理じゃない」
カルシウムが豊富な目玉焼き。イライラしがちで短気な貴方にオススメ。
ちぇーと唇を尖らせて、しかしウマウマと翼は匙を進める。
如何にありあわせと言えど、上から目線なだけあってなるほど金を払って食う価値はある。
食材を選ばずそこにあるものを使って美味しいものを仕上げてこそ一流のニンジャだ。
「お兄にゃ敵わへんわぁ。どないしたらこんな上手く作れるん?」
「上達する条件なんて射撃も料理も変わんないよ。練習だ、ってデスムーミンが言ってるじゃん」
さらりと言ってのけられ、納得しがたく納得せざるを得ない汎論に翼はウッと言葉に詰まる。
楽して頭が良くなるのは妄想のなかだけである。
もちろん逆説的にはのび太くんでも頑張ればドラえもんを作れるのだ。
「それにほら、美味しいって言ってくれる人がいるとやる気出るじゃん? まぁツバサのご飯はちょっとアレだけど……、美味いって目にもの見せてやろうと思えば俄然やる気出てこない?」
「う゛……せ、せやけどその、相手が悪すぎるっちゅーか……」
「相手……?」
きょとんと小首を傾げる翔を、翼はチラチラと盗み見る。
なるほどそりゃ相手が悪い。いや舌が肥えているのは言うまでもなく、彼女が目にものを見せてやりたいその兄君が鈍感すぎるのだ。空耳鈍感系主人公とか滅べばいいと思う。
「まったく、料理は愛情でしょ? どれだけ下手でも相手を思えば誠意は伝わるって」
そしてこのニブチンである。目玉焼きに込められた誠意はどこに行ったんですかねぇ?
イイコト言ったと言わんばかりの、殴りたいこのドヤ顔。
しかし翼も生まれたときからの付き合いである。さすがに慣れたと諦めたように肩をすくめた。
「アッハイ、さすがお兄、イイコト、言うね」
「褒めてないでしょ、それ」
まぁ自分でもくっさい台詞だと思うけど、と翔は唇を尖らせる。
自分への非難に敏感なのはボッチの証! そういうヤツほど鈍いのは世の常。
なんで俺が好かれる筈がないって思ってしまうん? 性格悪い自覚があるからだよ!
「でもさ、やっぱ自分がつくったもん美味しそうに食ってくれるのって嬉しいじゃん」
「にひひ、言いたいことはよぉ分かるわ」
「まぁそのぶん、別のもん美味そうに食ってると俺のが美味いもん振舞えるとか思うけど」
キリッ、と翔の瞳でプライドが燃え上がる。
何かあったの? と翼が目だけで問いかけると、彼は無言でスマ
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