寂寥の怪物

「こりゃ……一雨来っかねぃ?」

編笠をくいと持ち上げて、青年はポツリと独り言ちる。
見上げるは鬱蒼と茂る枝葉の隙間の曇天。素人目に見ようが如何にも夕立の気配を覚える。
山の天気は移ろいやすいとも言う。あっという間に豪雨となるであろう。

「商売道具が濡れるなぁ勘弁願いていぜ」

よっ、と荷籠を背負い直し、彼は歩調を早めた。
着物の裾から見える健脚は逞しく、足場の悪い獣道をわけもなく進んでいく。
しかし、それにしても妙に仄暗い。
鬱蒼と茂る森に曇天、更には黄昏時と言うのも拍車をかけて妙に薄気味悪い。
それこそまさに、妖怪でも出てきそうなほどに……。

「どっこいしょ、っと」

だが、青年は迷いなくどんどん進んでいく。
やけに出張った木の根を飛び越え、臆することなく前へ前へと歩みを止めない。
そりゃそうだ。妖怪なんかよりも、ここまで運んだ商売道具がダメになる方が恐ろしい。
早に雨宿りをせねばとその脚は止まることを知らぬかの如く進んでいく。

「おっ?」

そして、運はどうやら青年に味方をしたようだ。
行き止まりと言わんばかりの絶壁に、丁度良く拵えたような洞穴があったのだ。
こりゃ助かったと躊躇なく、青年は洞穴へ飛び込む。

「ふぅ、一安心やぁ……」

額をぬぐい、椅子代わりに小岩に腰を下ろして安堵の息を零す。
折良くも洞穴の外はしとしとと小雨がぱらつき、どうやら間一髪だったようだ。
一息ついたか、青年はぱさりと編笠を外す。

「こりゃ今日は草枕、いやさ岩枕かね」

狐のような糸目を更に細めて、旅の者とは思えぬほどに整った顔立ちが露わになる。
女人のような細顎を撫で、どうにも落ち着きなく辺りを探っている。
経験上、彼にとっては野宿は鬼門なのだ。
籠荷には干し肉や南蛮菓子など食料品もあるため、下手に寝ると獣に食い漁られる。
だが、獣程度ならまだマシだ。もっと性質の悪いものを、青年は嫌というほど知っている。
そして、そいつらは――

「おい坊主、誰に断わって入ってきてんだァ?」
「兄貴、食いもんだ! こいつから食いもんの匂いがすっぞ!」

――来てほしくない時こそよく来る。
自身の虫の予感を呪いながら、洞穴の奥から出てきた柄の悪い男たちに青年はため息を零す。
生憎と追剥を歓迎する趣味はなく、彼は小岩から立ち上がる。

「あいやー、先客がいらっしゃったとは露知らず、こいつぁ申し訳ございやせん」

心にもない詫びを入れ、青年は抜け目なく男たちの一挙手一投足を見逃さない。
そんな彼の警戒を知ってか知らずか、山賊然とした男たちは嫌らしくニヤニヤと笑っている。

「分かってんなら身包み置いてさっさと消えな。今なら命くらいは見逃してやってもいいぜ?」
「そんなご無体なことを仰らず! ここは穏便に済ませちゃくれやせん?」

ギラリと凶悪に光る刀を一瞥し、青年は人懐っこい笑みを浮かべる。
さながら鋸の如く刃毀れの目立つナマクラに、体格も合っていない鎧帷子。
柄を握る手もどこかたどたどしく、彼はあぁ良かったと内心胸を撫で下ろす。
この男たちは追剥ぎにまだまだ慣れていない、そう察したからだ。
侍ぶってはいるが装備は間に合わせの拾い物。極めつけはその無精ひげと顔色だ。

「飢えていらっしゃるなら握り飯を、病んでいらっしゃるなら薬もお一つ。これで手打ちにしてくれやせん?」
「……っ?」

なぜわかった? そう言いたげに男が虚を突かれたように怯む。

「右腕、震えてらっしゃいやす。顔の色艶も大変よろしくない。肝臓辺りが悪いんでっしゃろ?」

見た目は明らかな落伍者で、人数も2、3人と賊にしては少なすぎる。
そう言えばと青年が思い返せば、一月ほど前にどこかの村で水害があったとか。
行き場をなくし、腹を空かせ、弱り目に祟り目と病床に伏せるわけにもいかず。
細められた青年の瞳には、同情の色があった。

「はるか遠くは霧の大陸より取り寄せた妙薬をお一つ、今ならあたしを見逃すだけでお譲りしやす」
「だ、騙されっか! いかに旅商と言えど、そんなものを都合よく持っているわけがねぇ!」
「いえいえ眉唾物と侮るなかれ。たちまちに健やかな体を取り戻しましょうよ?」

本音を言わば同情半分、保身半分。しかしどうにも青年の態度は胡散臭い。
男は俺を殺すための毒薬に違いないと頑なに拒み、どうにも目が血走っている。

「そうやって上手いこと言って逃げるつもりなんだろ!? 舐めやがって……!」
「兄貴、どうせ奪っちまえば俺たちのもんだ! 早いとこぶっ殺しちやいやしょう!」

おぉっと。これは良くない雲行きだ、と青年の細い目が更に鋭く細められる。
人を断ち切るにはガタがきているナマクラだが、斬り伏せれば人は死ぬ。
如何に慣れていなくとも、刀は振れば殺せる、突けば殺せる代物なのだ。
これは逃げ
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