第二十三話 空には鳥と竜が舞う 後編


アレスが甲板を出ると、そこはもう戦場…いや御伽話の様な光景だった。
二つの巨大な竜が空を舞い、交差するたびに爆発のような衝撃が走り、竜が吐く炎は一面を火の海にしていた。

「リリィ……!」

アレスは二人に近づこうとするが火の回りが早くアレスの行く手を阻んだ。

「くっ…。」
『私に任せて、マスター!!』

そう頭に聞こえたかと思うと、立ちはだかっていた炎がみるみる内に小さくなり、やがて煙を残して消えてしまった。
何事かとアレスは思っていると自分の右手の甲にある炎のような痣が光っていた。
アレスはそれを見てようやく気がついた。

「…ははっ、ありがとうフラン、悪いがもう少しだけ力を貸してくれよ!」
『大丈夫、今度は私がマスターを助ける番だから!!』

アレスは心強い妻と言葉に後押しされ、焦っていた心を落ち着かせた。
炎がほとんど残っていない道を走りぬけ、アレスは二人の下へとたどり着いた。
…空を交差していた二人がアレスの前で対峙し、向かい合った。
アレスの耳に二人の声が聞こえくる。

「リリィ!!目を覚ませ、何故今我ら竜族で争わねばならん?!」
「私だって先輩と戦いたくなんてない、でも…私はやっぱり人間が好きなの!!」
「その人間が我らに何をしたか忘れたかっ、お前はあの人間に騙されているのだ!!」
「アレスはそんな人なんかじゃない、私には人間を支配することなんて出来ない!!」

力強く主張するリリィの言葉は明確な意思がこめられていた。
だがしかし、それは同時にリディアにとっては裏切りとも取れる言葉だった。
リディアは落胆した表情を見せ、低く唸りをあげた。

「お前なら理解してくれると想っていたが残念だ、いいだろう…ならばお前のその甘ったれた価値観…叩き直してやる!!」

怒りとも悲しみとも取れる表情でリディアは体内で溜めていたブレスをリリィに向けて一気に放出した。
ブレスは巨大な燃え盛る炎の球体となり、リリィの目の前で炸裂した。

「きゃぁぁっ!!」
「リリィ!!」

リリィの身体は炎に飲まれ、耐え切れず叫びを上げながら谷底へと落ちていった。

「ご、ごめんアレス、必ず迎えに行くから…それまで生きててっ!!」

甲板から燃えながら落ちていくリリィをアレスは見ているしかなかった。
悔しさにアレスは甲板の手すりに拳を叩きつけた。
後ろで大きな風が舞い上がり、アレスはゆっくりと振り返った。

「貴様だけは…貴様だけは許さんぞ、アレス!!」

巨大な竜へと姿を変えたリディアは豪快に舞い降りてアレスと対峙した。
その目は怒りに満ちており、その姿はかつて国一つ滅ぼしたとさえ言われる獰猛なドラゴンそのものだった。
リディアは高らかに首を上げて叫んだ。

「畏れよ、我は最強の種族ドラゴン、地上の王者なり、貴様ら人間に受けた雪辱、仲間を失った悲しみ、味合わせてやるぞ!!」

峡谷に響き渡る怒りと憎しみの入った言葉は常人であれば震え上がるほどの威圧だ。
だがそれを物怖じもしないアレスは拳を構えた。
それと同時に鎧も動き出し、完全な戦闘態勢に入った。

「いいだろう…ならこっちも教えてやる、人間って奴をな。」

それは今までの彼女達には見せた事も無い顔だった。


――――――――。



「……!」

ヒカリ達はその時、全員でセイントバードから離れ、家路にへと飛んでいた時だった。
突然、ヒカリが何かを察したように急に飛ぶのを止めて、もと来た道を振り返った。

「…ヒカリ?」
「どうしたの?」

急に止まったのを心配してモカとラグ、その他のハーピー達がヒカリの様子を伺った。
ただヒカリはもと来た道、すなわちセイントバードの方を凝視していた。

「ねぇ、ヒカリってば!!」
「感じるんだ…。」
「え?」
「この胸に…確かに感じるんだ。」

そう言ったかと思うとヒカリは猛スピードでもと来た道を引き返し始めた。

「え、ちょっとヒカリ!!」
「どうしたのヒカリちゃん、あ、皆は先に戻っててね、待ってよヒカリちゃん!!」

慌ててラグとモカはヒカリを追いかけるがそれでも追い付けないほどにヒカリは興奮したように全速力でセイントバードへと飛んでいた。

「やっとこの胸にビリッと感じたんだ…あそこに…あそこにあたしの旦那様はいたんだ!!」

風を切るように羽ばたかせて、ヒカリは嬉しそうに叫んだ。



――――――――。


「さぁ…覚悟しろアレス、我が同胞を誑かした罪はそう簡単には消えんぞ!!」

怒り狂った様子でリディアは俺を睨みつけてきた。
リリィは彼女にとってかけがえの無い存在だったのだろうが、それは俺も同じだ。

「御託はいい、さっさとかかってこい。」

こんな馬鹿げた戦い、もう終わらせるべきだ。

「減らず口もそこまでだ、焼き尽くしてくれる!!」


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