第十六話 遺跡の番人達 後編


ハァ…ハァ…ハァ…!!

息を切らして遺跡の通路を逃げるように走り抜けるアヌビスのアンヌ。
その後ろから追い詰めようと迫り来るアレス。
…普通ならば逆であるはずの二人の状況がアレスによって覆され、アンヌは混乱しないようにするのが精一杯であり、一先ずそこから逃げるしかなかった。

「くそっ…落ち着け、少し不意を突かれたが大したことではない…まだ策はある!!」

ちらりと後ろを見るとアレスは余裕の表情を見せながらこちらへと歩いてきていた。
すぐにでも追いつくと言わんばかりにゆっくりと来るアレスの姿にアンヌは少し苛立ちを覚えたが…それとは逆に彼女は内心喜んでいた。

(…いいぞ、奴には私が焦ってただ逃げてるように見えているはず…そうなれば罠に掛けることなどたやすい、獲物の前で舌なめずりする者ほど油断しやすいものだからな!)

口の端がつり上がりそうになるのを堪えながらアンヌは焦った自分を演じながら走り続けた。
時折、わざと転ぶなどをしてアクセントを付けより演技を完璧にへと近づける。
それに気がついていないアレスは転んだ彼女に声をかけてくる。

「そんなに逃げなくてもいいだろう?…綺麗な肌に傷でも付いたらどうするんだ。」
「…くっ。」

アレスの言葉にアンヌはますます苛立ちを覚えたが気持ちをグッとこらえる。
彼をキッと睨みつけるだけに抑え、立ち上がりまた走り出す。

「やれやれ…。」

アレスはしょうがないといった感じでまた歩きだした。

(今に覚えていろよ人間め…後でその口を私の足を綺麗にするためだけに使ってやるっ!!!)

アンヌは歯ぎしりしながら怒りを抑え走り続けた。
するとしばらくしてまたもや左右に道が別れた通路が現れ、それを見つけたアンヌは不敵な笑みを浮かべた。

「よしっ!!」

シュタッ!!!

アンヌは跳躍し、一瞬で分かれ道の方までたどり着いた。
そして腰に差してある金色の剣を抜き、アレスに振り返り剣を向けた。

「…?」

アレスは歩いていた足をピタリと止めた。
彼女は先ほどとは打って変わって勝利を確信したように自信に満ち溢れた顔つきだったからだ。

「どうした…もう鬼ごっこは終わりか?」
「そうだ、貴様とのごっこ遊びもうんざりしてきたのでな、これで終わりだっ!!」

徐にアンヌは剣を振りかざし、先に重りが結ばれたロープを切り落とした。

「おい、次は一体何を―」

ガコンッ!!

アレスが言葉を言い切る前に通路の床が外れ、アレスの姿は下へと真っ逆さまに落ちて消えた。
外された床下は暗闇が広がり、まるで底無しのような深さだった。

「フフフ…フハハハハハハッ…やはり人間だな、こうもあっけなかったではないか!!」

落ちた先を見下しながらアンヌはこれみよがしに高笑いをした。
策が思惑通りに成功することは彼女にとっては至福なことであり、それが先程の憎きアレスであれば尚更の反応である。
彼女の頭にはアレスにどんな屈辱を味わせてやろうかという考えでいっぱいで、その表情にもにじみ出ていた。


…その笑顔がすぐに凍りつくことも知らずに。



「フフ…こんなにも笑ったのは久しぶりだ、さて…下に落ちた奴の這いつくばった姿でも見に行くとするか。」

そう言ってアンヌが落ちた場所、下へと向かう通路へと歩きだそうとした時だった。

ボコッ!!

「…?」

不意に自分の真下、地面から音がしたような気がした。
彼女が何気なく下を見ると地面の石レンガが不自然に盛り上がり―

ガバッ!!!

「きゃぁ?!!」

そこから腕が伸びてきて、砂まみれになったアレスが現れた。
アンヌは驚いて後ろへと尻餅をついてしまう。

「ゲホッゴホッ…あぁ、なんとか出られた。」
「き、きききききさまぁっ、何故…一体どうやって?!!」

目を白黒とさせるアンヌに対して、アレスは身体の砂を払いながら説明し始めた。

「落ちる時に横に大きな穴が開いていたからそこに逃げ込んだんだよ、で…そこから掘り進んでなんとかここまでたどり着いた、ジャイアントアントにでもなった気分だった。」
「ば、馬鹿な…落ちている最中にそんな芸当が人間などに…。」
「じゃあ本当に人間かどうか試してみるか?」
「く、来るな…!?」

ブゥゥゥン…パシュッ!!

アンヌは掌から黒い球体を作り出し、アレスへとぶつけた。
黒い球体はまっすぐに飛んでいき、アレスにぶつかると弾けたが少し仰け反っただけだった。

「…それは俺には効かないとさっき証明したばかりだろう?」

それは以前ハンスに掛けた相手を動けなくしてしまう呪いだが、薬の効果を受けているアレスには何の効果もなかった。
…因みにそれはアレスが鉄格子から抜け出したときに、咄嗟にアンヌがアレスに呪いをかけた際に効かなかったところから既に実証済みである。
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