第二話 初めましての妻


始まりのときを向かえ、久しく気が高まっていた。
村からそんなに離れていない平原を俺は歩き続ける。
知らないものから見ればただ散歩しているように見えるだろうが、そんな理由で歩いているわけではない。
俺は今か今かと待ちわびていた。
その時が来るのを、周囲に気を配りながらゆっくりと歩く。

…今のうちに装備を確認しておこう。

今装備しているものは、
片耳に付けたイヤリング
魔法札の入ったケース
大きい袋
以上だ。

これで「魔物を退治してくる」などと人に言えば、大笑いされるか医者を紹介されるかのどちらかだろう。
だが俺にとってはこれで十分。
これ以上は必要ないし、あっても困る。
一つ一つ確認しておこう。

まず片耳に付けたイヤリング、これは魔法道具の一種で念じるだけでどんなところにいる相手でも話ができるという優れ物だ。
そのかわり、相手がある程度魔力を持ったものでなければならないことと、俺と面識がある者で無ければこの道具は使えないという条件がある。
まあ、なんにせよ便利であることに変わりはないので気にしない。

次に魔法札の入ったケース、ケースは素材が分からないが軽い物質で丈夫なものであるのが判る程度だ。
そして中身なのだが、転送魔法の術式が書かれた札がたくさん入っている。
この札は魔力を持たない者でも魔法が使えるように作られた物らしく、魔法の使えない俺の為にヴェンが用意してくれたものだ。
更に驚くべきことにこの札はケースから無限に出てくるのだ。
何枚出しても底が見えず、試しに部屋でひっくり返すと大惨事となったのを覚えている。
幸いケースから出した札は数分すれば消えるようで片付ける心配はなかったが…。
どういう原理なのかと魔王に聞くと「説明に丸二日かかる」と言われ敢え無く断念した。
仕入れる手間が省けた分かなりマシだ。

そして最後に大きい袋、これはどこにでもある袋だ。
特徴と言えば内と外に防水加工が張られ、液体も運べると言ったところだろう。
これだけで今日相手をするのが誰なのかわかって貰えたかもしれない。

とりあえずこんなもので良いだろう。
俺は装備をもう一度確認すると再び歩き出した。
…それは唐突に聞こえた。

「た、たすけてくれぇぇ!!!」

男性らしき声がすぐ近くからした。
叫びからして何かに襲われているようだ、その何かは大体検討はついている。

「そう遠くは無いな、間に合えよ!!」

俺はその声のするほうへ一目散に走った。
…これから始まる未知なる挑戦に大きな希望と高鳴る鼓動を感じながら。


「や、や、やめてくれぇ!こっちにくるな!!」

ようやく声の主である男の姿が見えた。
商人なのか背中に大きな荷物を背負って何かから必死に逃げている。

「そんなに怖がらないでよぉ〜、気持ち良くしてあげるんだからぁ〜。」

そのすぐ後ろで男を追いかける青い液体が目についた。
この人間ではない姿をし、男を襲っている者こそヴェンや俺が彼女達と呼称する魔物娘である。
この魔物娘の種族はスライム、草原や平原に生息すると言われている。
この辺ではよく見かけるらしく、村のものなら見た事が無い者はいないとまで言われてるくらいだ、当然俺も見たことがある。
だが村の者は出会っても特に慌てたりはしない。
対処法があるおかげで村でも被害は殆ど無い、対処法は簡単で全速力で逃げることだ。
スライムは地面を這って移動するため移動速度はとても遅い、普通なら追いつかれないのだが、この男は不運にも背中の荷物が重すぎるのかうまく走れないようだ、そのせいでスライムに追いつかれてしまっている。

「あ!たた、たすけでィフ!!」

その様子を見ていた俺に気づいたのか、男はこっちの方へ向き何かを言いかけようとしたようだが、急に余所見をしたせいで盛大にこけていた。
それを好機にスライムは倒れている男の足からゆっくりと体を重ねていった。

「ひ、ひいぃぃ!?」
「さぁ、捕まえたぁ、あなたの精子いっっぱい出してあげるね〜。」

男はなんとか振りほどこうとするがスライムは気にせず男のズボンを溶かし始める。
このまま見ていても良いのだが、彼女が満腹になってしまうのはまずい。
彼女にはもっと大切な役割をしてもらわなければならないのだから…。

「うふふ、いただきま…あれ?」

俺は彼女に気づかれないように後ろから回り込み、その首根っこ(らしきところ)を掴み上げた。
急に自分の身体が男から離れて行くことに気づいた彼女は不意に後ろを振り返る。
彼女と目が合った。
遠くからでは分からなかったが彼女は整った顔立ちをしていた。魔物娘の殆どは美人だと聞いていたが改めて成る程と思った。
彼女が何かする前に俺は後ろへ放り投げた。
着地と同時に液体の弾く音が聞こえ、共に「うにゅ!」という声も聞こえた。
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