第十五話 同志



サクッ…サクッ…サクッ…。

灼熱の太陽がジリジリと大地を焦がし、見渡す限り黄金を敷き詰めたような広大な砂漠が広がる。
水も無く、乾いた砂だけが足元に存在するこの世界の真ん中を俺は歩いていた。

「行ってみたものの…何もいないな。」

流石に選んだのを辺境の地にしすぎたかと少し後悔した。
…こんなことなら素直に魔界の近くに送ってもらったほうが効率が良かったのかもしれない。
いや、今更言っても仕方ないか…。
実際ここには来なくてはならなかったし、遅いか早いかの違いだろう。
俺は頭の中で一人、言い訳をしながら歩き続けた。



…。



…どれくらい歩いたかはわからない、ずっと同じ景色ばかりだから感覚を失う。
なにか目印でもあれば良いがそんな都合の良いものは現れてはくれない、良くて蜃気楼ぐらいだろう。
ヴェンから貰った地図によればこのまままっすぐに行けば町に着けると言っていたが現在地がわからないんじゃどうしようもない…コンパスも一応あるがこの辺りは磁場が強いために使い物にならなくなっている、今は俺の方向感覚だけが頼りらしい。
…道を外れてなければいいが。



「…?」

ふと、目の前の砂が一瞬だけ盛り上がった気がした。
虫かとも思ったがそれにしては大きい…そして今度は俺の見ている前で砂が盛り上がった。
さっきより近い…それどころか段々とこちらに近づいてくるようだ。
俺は確信的な何かを予感する。

「…やっとか、待ちくたびれたな。」

俺は地面に手を置き、地中の中の様子を探ってみた。
…地中の中を何かが動いている、そして“それ“は丁度俺の背後で止まった。
俺は振り向かず、じっと屈んだまま待ちつづけた。

「…。」
「…。」
「…。」
「…はぁ。」

ザバァッ!!!!

息を吐いたのと同時に後ろの砂の中から巨大な影が飛びかかってきた!

「っ!!」

反射的に振り返り、サラシで巻かれた彼女の両手首を掴んだ。
…その右手には紫の液体が塗りたくられたナイフが握られており、それを横目に見ながら尋ねた。

「一応聞いておくが…本当に殺す気はないんだよな?」
「…無論。」

アメジスト色の瞳を一切逸らさず、静かにそう言った。
彼女は砂にまみれていたとは思えないほどの綺麗な褐色の肌に薄いエメラルドグリーンの髪をしていた。
そしてその容貌は口を布で隠していたにもかかわらず…美しかった。
思わず魅せられていると不意に彼女の目が笑った気がした。

「…呑気。」
「なに…うぉわっ?!」

急に足を何かに引っ張られ、俺はそのまま仰向けに倒れてしまった。
見ると彼女の下半身はサソリのような形になっており、二つのハサミが俺の両足を挟み込んでいた。

(くそっ…サソリ型の魔物娘か…!!)

今更だがようやく彼女の全体の姿が見えた。
彼女達だということは辛うじて分かるが…どんな魔物かは分からない。
こんなことならヴェンに教えて貰うんだった、分かるのはサソリのような特徴で―。

「まて…サソリだと?」

サソリの特徴を思い出し、恐る恐る彼女の背後を見るとゆらゆらと長い尾をチラつかせていた。
…当然のごとく、その尾の先には反るようにして鋭い毒針が付いていた。

「…覚悟。」

彼女は躊躇いもなく尾に付いた毒針を俺の身体目掛けて突き刺してきた。

「くそっ!!」

咄嗟になんとか上体を横に反らして毒針を避けた。
毒針は地面に突き刺さったもののすぐに抜かれ、また俺に目掛けて突き刺してくる。
それを今度は反対に上体を反らして毒針を避ける。

「…無謀。」
「あがっ?!」

無駄なあがきと見た彼女が俺の首を手で押さえつけた。
振りほどきたくても彼女の足が伸し掛って動けない、辛うじて片手は出せるが片手だけじゃどうしようもない。
彼女の尾がゆらゆらと揺れ、俺の身体に照準を合わせた。

「…勝機。」
「…イチかバチか―」

俺は辛うじて出せた片手で腰に付けてあった瓶を取り外し、一気に中身を飲み干した。

トスッ!!!

「ぐっ…?!」

それと同時に彼女の毒針が身体に突き刺さり、俺は動けなくなった。
毒の効果は凄まじく…指一本動かすことができない、身体中…主に下半身が熱を持ったように熱くなっていった。

「んっ…ふぅ…捕獲。」

身体に針が刺さる瞬間、心無しか彼女は頬を赤らめた気がした。
動けなくなった俺を彼女は抱きかかえ、何処かへ向かおうとする。

「…帰還。」

六本の足を器用に使い、彼女は砂漠を疾走した。





…。


「あれは…?」

砂漠を歩いている途中、向こうで何かが横切っていくのが見えた気がした。
気になって望遠鏡を取り出して覗いてみると、ギルタブリルらしき魔物が大事そうに何かを運んでいる。
よく見るとそれは人の形をしていて、思わず望遠鏡から目を外した。
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