…。
「これが…勇者の力か?」
私には到底信じることができなかった。
いや、むしろ人間の仕業なのかも怪しくなってくるほどだ。
私の隊はそれを間近で見せられ、誰もが恐怖し…言葉も出なかった。
魔物に…哀れみを感じたのはこの時が初めてだった…。
「た、隊長…。」
私の部下の一人、ジパング出身である『ハヤト』は青ざめた表情でこちらを見る。
分かっているさ…誰もが皆同じ気持ちだろう。
こんな所もう見たくない…私も今繰り広げられている虐殺を止めようものならそうしたい。
だが…あれはもう止められるものではない。
「あっはははは!!…どうしたっ、もう終わりか?!」
目の前で狂ったように殺戮を繰り返す勇者、それが相手が逃げ出そうと命乞いしようと容赦なく切り捨てる。
これを見て世界はなんと思うのだろうか?
教団のお偉い方はこんな殺戮を望んでいるのだろうか?
神は…女神様は…こんな世界を望んでおられるのですか?
だとしたら私はなんのために…?
「た、隊長!!」
はっ、と部下の声で我に帰る。
いかん…想いふけってしまっていたようだ。
何事かと見ていると、向こうで勇者が戦いを止めこちらをじっと見つめていた。
「どうしたんだ…?」
「わかりません、敵が居なくなった途端…急に。」
「まさか…こっちに攻撃してきたりなんか―」
「我らは味方だぞ?いくら凄まじいからといってそんなこと―」
そう言ってる間に勇者はこちらへと進んできた。
その目は血走ったままこちらを捉えている。
「こ、こっちに来ますよ?!」
「慌てるな、奴は味方だと言っただろ?!」
「ですが隊長!?」
更に勇者は周辺の瓦礫や死体を切り付けながら歩いてくる。
心無しか歩くスピードも早くなっている気がする。
「あ、あいつは俺たちを殺す気なんだ!!」
「くそ、隊長…俺が話をつけてきます!!」
「ま、待て行くな!!」
私が制止するのも聞かず部下の一人である『ロイ』が勇者へと駆け寄っていった。
「勇者様っ!!ここから先は味方がいます…破壊衝動は控えて―」
「前に出るな、どけぇ!!!」
前に出た私の部下を勇者は容赦なく弾き飛ばした。
瓦礫に突っ込んだ部下には目もくれず勇者はこちらへと向かってくる。
「ロイ?!」
「やっぱりだ…皆殺される!!」
「くそっ…全員散開しろ!!…あの勇者を止めるんだ!!」
「その必要はありません。」
ふと、後ろから場違いな声が聞こえたかと思うと、私の横をすり抜け一人の女性が前へと出てきていた。
服装からして賢者だろうか?
「よせ!!いま勇者は危険な状態だ、近づくと死ぬぞ!」
「問題ありません、慣れていますので…それと呼び捨てではなく勇者様とお呼びください。」
「な、何を言って…?」
「時間がありませんのであなた方は見ているだけで結構です、くれぐれも邪魔はしないでください。」
スラスラと単調な口調で話したあと、賢者の女はツカツカと勇者のもとへと歩いていった。
勇者が近付いてきた女を捉える。
「また前に出てきやがったな…死にてえのか?」
「やれやれ、勇者様…私が誰かも忘れてしまったのですか…悲しいです。」
「ぁあ??」
「これで暴走は三回目ですよ?…いい加減、制御できるようにしておいてください、私も暇ではありませんので。」
「ごちゃごちゃとうるせーんだよ!!」
「いかんっ!!」
勇者が女賢者に剣を降り下ろそうとした時、私は咄嗟に飛び込んだがそれは徒労に終わった。
「うぐっ?!」
「なっ?!」
女賢者は手馴れたように勇者の懐に入り込み、その身体に抱きついた。
誰もが唖然として見ていると女賢者の手には注射器の様なものが握られており、勇者の首筋へと刺していた。
「あぁ…ぁ。」
注射器の中の液体を流し込まれた勇者は降り下ろそうとした剣を落とし、あれだけ恐ろしかった容姿も勢い殺気も失い、最初に見た頃の青年にまで戻っている。
…一体なにが起きているんだ?
「あ〜…身体痛てぇな…ちきしょう。」
「おかえりなさいませ、勇者様、…ご気分はいかがですか?」
「糞みてぇな気分だ…フェイ、早く離れろ。」
「あら、私ではご気分は優れませんか?」
「無表情のお前を抱いたってつまらねぇからな。」
「それは失礼致しました。」
『フェイ』と呼ばれた女賢者は渋々といった感じで勇者から離れ、落ちていた剣を手渡す
。
「サンキュ。…さて、魔物も残りわずかだ…お前はどうすんだ?」
「そうですね…どうせ来てしまいましたし、私も別ルートでお手伝いします。」
「よし、あとで向こうで合流だ、先に行ってるぜ?」
剣を受け取った勇者は何事もなかったかのように先へと進みだした。
状況が把握できず、私たちがぽかんと口を開けて見ているとフェイは思い出したかのようにこちらに振り向いた。
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