第十話 温泉に来ています


ここは湯気の立ち上る温泉。
それも人間達にはまだ知られていない妖怪だけが利用している秘境の湯だ。
そこには今三人の妖怪が温泉に浸かる。
…私にとってはこういうのはあまり好きではない、もとより温泉というのは一人で入るものだ、それも気に入った男性の肩を流しながら…。
ま、今はそんな人なんていない…探し中だ。

「いやぁ〜、こういうのも悪くないね〜♪」

温泉に入りながら酒を飲むアカオニの茜(アカネ)姐さん。
私はその隣でげんなりした様子で温泉に肩まで浸かる。

「全く…あなたには酒以外に楽しみはないのかしら?」

すぐ横で呆れ果てた様子で茜さんを見やるアオオニの葵(アオイ)姐さん、彼女は鬼には珍しく下戸なので酒はほとんど飲まない。
そのためか茜さんの飲む酒の臭いに顔を顰めていた。

「んっぷ、酒を飲んでる時ほど幸せな時なんてねぇだろ〜?…なぁ、カラスもそう思うだろ?」
「は、はぁ…。」

茜さんはだらしなく私の肩を組んで話を振ってくる。
私はカラスじゃなくて鴉天狗だしちゃんと黒彫(クロエ)っていう名前があるし、それと酒臭いからあんまり近づかないで欲しい。

「やめなさい、クロスケさんが嫌がってるじゃない…ごめんなさいね?」

葵さんが助け舟を出してくれたおかげで茜さんは「つれねぇな〜」といった感じで離れていった。
本当はというと私からすれば姐さん二人に挟まれてるのが一番心苦しい、それとクロスケじゃなくて黒彫です。

そもそもなんでこんなことになっているかというと話は少し前に戻る。



「今日こそは…いい人見つけるぞ…。」

私がいつもの様に人間の観察に行こうと山の上を飛んでいた時のことだ。
最近あまりいい人間に出会っていないから今日こそはと私は張り切っていた。

ドドドドっ…。

「ん?」

ふと、変な音がして下を見てみると茜さんが巨大な岩をこちらに振りかぶっているところだった。

「あ、茜さん?!」
「そら行けぇっ!!」

剛速球で飛んでくる岩石を体を翻してなんとか避けた。
…岩は風を切って私の横スレスレを通っていった。

(な、なにして…?!)

その時ずっと下を見ているのがいけなかった。

「あ痛?!」

私は前方から近づいてくる枝に気付かずぶつかって落ちてしまった。
枝の中をバサバサと落ちていき、ぐるぐると視界が回る。

「ふぎゃ!!」

地上に落ち、硬い地面に激突した…すごく痛い。
倒れたまま突っ伏していたところを茜さんが近付いてきた。
…でっかい金棒を担いで。

「分かってるよな?カラス。」

なぜか妙に迫力のある茜さん。
私何かしたっけ…?

(…まさか愚痴をこぼしていたのがバレた?!違うんです!!あれは仲間内で酔っ払ってついつい言ってしまっただけで…)

しどろもどろになって私はなんとか弁解しようと口を開いた。

「あ、あの…茜さん、あれは―」
「あれは?…なんの話をしてんだい?」

へ?っと私が驚いた顔をすると茜さんはニカッと笑った。

「カラス、温泉に行って酒を飲みたいんだけど寂しいから付き合え。」

そう言った茜さんのもう片方の手には酒が握られていた。

(やれやれ、そういうことか。)

普通なら怒るところだが妖怪でも強者の存在である鬼が金棒と酒を持ちながら誘ってきたのだ。
これは別に脅している訳ではなく彼女なりの誘い方だから余計たちが悪い。
でも”上司”には逆らえないので私は黙って付き合うしかなかった、葵さんも似たような境遇で私の経緯を話すとものすごく謝られた。
少なくとも葵さんは上司の中では一番理解してくれる方、でも天狗は上下関係を重んじる妖怪、上司というのは苦手だ。

「なんだい、まだ岩を投げた事怒ってんのかい?」
「い、いえ!!そんなことは…。」

しまった、いつの間にか顔に出てしまっていたらしい。
私があたふたと返すと葵さんが割って入ってきた。

「あんな事をされたら誰だって怒るわよ?」
「だから悪かったって…カラスぐらい速かったら簡単に避けられると思ったんだよ。」
「だからって飛んでる相手に岩石投げるなんて…あなたには常識が欠けています、この前だって―」

急にここぞとばかりに葵さんが茜さんにくどくどと説教を始めた。

「あ〜また始まったよ、葵の説教を聞いてると酒が不味くなる、何か気の引けるもんを…と、いたいた♪」

そう言って茜さんは急に湯煙の中へと消えていった。
煙が濃すぎてよく分からないが向こうに何かいるようだ。

「あ、ちょっとまだ話は終わってないですよ!」

葵さんが慌てて茜さんを追いかけていく。
いっそのことこのまま逃げて…。
いや、後が怖いから付いていこう。

…………。


温泉の端の方まで来て茜さんを見つけた。
その隣にはうっすらと人影が見えていた。

「こりゃ、驚いたね…。
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