ここは広大な海原、陸とは違った世界を見せてくれるもう一つの自然。
全ての生命が生まれた母なる海、その広大さと深さは未だに誰も知ることは出来ない。
物心着く前から船を走らせた俺ですら分からない、だがどれほど危険に満ち、どれほどの希望に満ち、どれほどの浪漫があるかは知っている。
まぁ昔の話だがな、今では貿易船の船長ってとこだ…地味なもんだがこれでもやりがいを持ってる。
「船長…積荷の確認、船員、食料、船の状態、全て確認終わりました…問題ありません。」
「よし、風も穏やかになってきたし…今のうちに全員に飯食わしとけ?」
「はい船長。」
部下の一人が報告を終え、船内へと戻っていった。
それにすれ違うようにして副船長が甲板へと上がってきた。
「船長、舵を。」
「あぁ、頼む。」
副船長のパズに舵を任せ、俺はパイプを吹かした。
風が心地よく、穏やかな波の音が心を安らげてくれる。
「良い航海日和ですね?」
「ああ、いつもこんな日が続けばいいのだがな。」
「それはそれで船長は飽きるんでしょう?」
「昔ならな、今では無事に着くことが最優先だ。」
「…そうでしたね。」
青い空を見上げ、紫煙が空気に溶けるのを見上げながら柵にもたれかかる。
ふと甲板の方に目を向けると怪しい人影が見えた。
そいつは寒くも無いのにコートを着込み頭をフードで覆いかぶさり甲板の隅でひっそりと座っていた。
「あいつが…例の?」
「えぇ、ジパングまで乗せて行って欲しいっていう客人です、商人が手引きしたそうですが…。」
「観光船のことは教えたのか?」
「伝えましたが…『この船じゃないと駄目だ』と聞かないもんで…。」
「不審な動きは?」
「一人が声をかけたそうですがウンともスンとも言わないもんで皆気味悪がってます。」
「まぁ、貰うもんはもらってるんだし…それにここは海のど真ん中だ、妙な真似もおこさんだろう。」
「そのときは丁重に“その場で”降りてもらいますよ。」
「そうだな…後は頼むぞ?」
「はい、船長。」
パズは決まりの返事を返すと正面を向き航海へと戻った。
俺も船内に入ろうと階段を下りようとしたときだった。
カンカンカンカンカンカンッ!!!
マストの上の見張りから緊急の鐘が鳴り響いた。
音を聞きつけて船内から船員が飛び出し、見張りの報告を待った。
「て、敵襲っ、敵襲っ!!!」
「落ち着け、落ち着いて詳細を伝えろ!」
マストから降りてきた船員にパズが落ち着かせ詳細を聞き出す。
「ぜ、前方より敵が接近中です!」
「海賊か?!」
「いえ、魔物です、数は一つ!」
「一つ…まさか?!」
俺は見張りから望遠鏡を引ったくり前方を覗いた。
腕から青い羽根の生えた少女がこちらへと向かって来ている。
「魔の歌姫…セイレーンだっ!!」
よりにもよってこんな静かなときに訪れるとは…。
今日の女神はかなり不機嫌らしい。
「全員、船内へと避難しろ!!心を強く持ち、決して歌を聞き入れるなっ!」
「射撃手は船首にて迎撃、奴が近づく前に打ち落とせっ!!」
数々の号令が飛び、船が慌しくなった。
射撃手は石弓を撃ちセイレーンを狙うが距離が開きすぎているため届かず、矢を海に捨てるばかりだった。
だが不幸はそれだけには留まらなかった。
「な、なんだこの声は…。」
「美しい…なんて美声なんだ。」
「あっちから聞こえてくるぞ…?」
射撃していたはずの船員が歌を聴いた途端、急に武器を捨て…愚考にもセイレーンの元へと歩み寄っていった。
「いかん…風で思ったよりも声が通ってしまう!」
「皆、声に惑わされるなっ、自身を保て!!」
俺とパズの号令も虚しく、セイレーンの歌声に心を奪われた船員達はそのまま海へと飛び込んでいった。
「くっ!!」
海面を見ると泳いで近づいていった者達が蛸の足のようなものに海へ引きずりこまれ、そのまま上がって来なかった。
おそらくスキュラの標的となったのだろう。
そして…俺は。
−−−−−−。
「よっと…んーっ!」
空からセイレーンが船首に降り立ち、ゆっくりと着地する。
彼女はうんと背伸びをして、自慢の羽根をファサファサと揺らした。
「天気も良いし、風も心地良いし、こういう日は歌うに限るね〜。セーレちゃんは今日も絶好調なのですよ♪」
静まり返った船を見渡しながら彼女は歩き出した。
視界には誰も映らない。
「ちょっと張り切りすぎちゃったかな…?」
本来なら彼女を求め、幾多の男が発情して寄ってくるはずなのだが殆どの者は海に落ちて同業者のスキュラに奪われてしまった。
どの道、海に落ちた者を拾い上げるのは至極面倒なので気にしないのだが…これはこれで死活問題だと彼女は考える。
「船の中にならまだ人がいるかも…。」
そう思って船内へ入ろうとしたとき、
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