私が奥の間への立ち入りを許されたのはその日が初めてだった。
美しい白木で造られた欄干は朱塗りの神殿へと繋がる。
神殿の重そうな扉の前には左姫と右姫が各々槍を持って立ち、食事時に見せる柔らかな笑顔ではないこわばった顔でこちらを見ていた。
「緋夕です。姫巫女様より緊急の御呼び立てにより、御伺い致しました」
私の声が扉に跳ね返る頃、中から姫様の声が響いた。
『入るがよい』
それを聞き、左姫が左の、右姫が右の扉を引き開いた。
窓の無い神殿の中は朱塗りの壁に漆塗りの天井、緋毛氈の敷かれた床に蝋燭の夕日色の灯りが反射し、晴天の最中、黄昏時の光景を想わせた。
黄昏に染まる部屋の中にあり純白の衣に身を包んだ姫巫女様がこちらを見て、扉に居た左姫、右姫に目配せをした。
――ギィィ バタン
重い戸が閉まり、部屋の中はいよいよもって薄暗がりとなる。
「こうして正式にお目通りするのは15歳のお誕生日以来でしょうか?」
こうして神殿の中座に鎮座される姫巫女様は小柄ながら随分と大人っぽく見える。
「ふふ。妾もこんな立場でなければ皆と一緒に毎日毎夜寝食をともにしたいのじゃがなあ」
「くすくす。相変わらず寂しがり屋ですね」
「ああ。3年前のあの日に母様の記憶を受け継いでも尚、妾はあの時と、お前と遊びまわっておった頃と何も変わるまいよ」
先代様の記憶と共に受け継がれた真っ白な髪は黄昏の光を帯びて温かに光り輝いていた。
その下に覗く白い肌はどこか人ではない者のように白く、それでいて朱紅の刺された唇は宝玉の様に瑞々しい光を返していた。
「姫様のその瞳、子供の頃を思い出します。何か悪い事をしてそれを私に隠そうとしている様な眼。今日の御呼び立は、どうやら私にとって悪い事の様ですね」
「……相も変わらずお前は敏いな。緋歳のあの目を思い出す」
「くす。母上の話を思い出話の様に姫様の口から聞くと言うのは、何とも不思議な心地ですね」
「ふふ。なんであったなら、お前の知らぬ1000年の昔の話を今してやることもできるぞ?」
「くすくす。その悪戯じみた笑みだけは姫様の物だ」
「ありがとう。そう言ってくれるのはお前だけじゃ。緋夕」
「…して、お話と言うのは何でございましょう?」
少しさみしげな姫巫女様の表情を紛らわす様に話題を反らした。
すると姫巫女様は私の知らない凛とした顔つきをなさって、重そうに口を開かれた。
「神刀が、盗まれた」
「神刀?」
「ああ。太古の昔に大魔を屠ったとも、逆に大魔が使用していたとも伝わる一振りの刀。神気とも邪気とも分からぬ程に強い気を発するが故に誰も触れる事がなく、地下蔵に収められ封印してあったものじゃ。それが先週の昼間辺りから気を感じなくなった」
「ふむ。先週と言えば年末の大掃除がありましたね。その際に何者かが持ち出したという事でしょうか?」
「ああ、恐らくはな。しかしながら、多少なりとも素養のある者ならば触れるだけでも卒倒しかねんほどの物。この社の者が誤って持ち出す事は考えられん」
「では外部からの何者かが…」
「そう考えたくはないがそう考える外にない様じゃ。綺羅に頼んで蔵を調べさせたところ、他にもいくつかの物品が無くなっておるそうじゃ。恐らくは掃除の混乱に乗じて忍び込んだ賊がそれと分からずに持ち出したのであろう」
「姫様の千里眼を持ってしてもその行方が分からないという事ですよね?」
「ああ。神刀以外の物品は見つけ、それぞれ巫女たちに回収に行かせたが、それらはどうやら質として売られた後の様じゃ。しかし神刀だけは何かの力が邪魔して所在を覘く事が出来ん。最悪の場合、他の物と同じく質として流されたか、あるいは盗人に悪用されているのか…。どちらにしてもあれは人の手に負える代物ではない」
「そうですか。それにしても、姫様にも所在の掴めぬ物を私ごときが…」
「ダメじゃぞ。言い訳して逃げようとしても今回ばかりはそうはいかん」
「ちぇ」
「…はぁ。年老いた巫女たちはお前を怠け者だと馬鹿にしておる様じゃが、妾はお前を信用しておるのじゃ。頼む」
「…………ずるいですね」
「何がじゃ?」
「姫様にそんな風に頼まれたんじゃ断ることもできないじゃないですか」
「…ありがとう。緋夕」
「でもどうしましょうね?姫様の御力でも見つけられない物を私がどうして見つけられるでしょう?」
「うむ。それを含めて今回はお前にしか頼めないことなのじゃ」
姫巫女様の言葉は少なからず疑問となった。
「 ? それはどういう…」
「北の洞窟、場所は知っておろう?」
「ええ。幼い頃、姫様とも何度か遊びに行きましたからね。その後で酷く先代様に叱られたのを覚えています」
「あれはお前たちが悪いのじゃ。あそこは子供の手で荒らしてはちと危険じゃからのう」
「姫様。口調が先代様になってま
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