新社会人になるために

終戦の知らせは突然だった。
周辺諸国の侵略の報告は当然王の耳にも届いていた。
それでも彼らにはどうする事も出来なかったのだ。
若い王はまだ残存している周辺各国の戦力を同盟の名のもとにかき集め、当時考えられた最高戦力を持って彼らに抵抗すべく共同戦線を展開した。
それでも尚、その大国が沈むのにそう時間はかからなかった。
全世界でも有数の巨大都市国家が滅んだというニュースは瞬く間に世界中に知れ渡り、人間達はただただ恐怖するしかなかった。
しかし、何の前触れもなく、彼等は撤退していった。
一説には魔王と呼ばれた彼等の王が重篤な病にかかり、以降の戦線の維持が困難になったとか、または勇者と呼ばれた一人の男が彼らの最深部へと攻め入り、敵の王妃を人質にとり、撤退の契約を結ばせたとか、噂は数多く、そしてそれらは幾つもの組織からどれもが実しやかにささやかれ、今となってはどれが真実であるのかは判別の至らぬところとなっている。
それでも、事実として、その国に終戦は訪れた。
敗戦という最悪の形で。
巨大な都市外壁、十数階層にも及ぶ都市構造体、その中に住みついていた何百万と言う民。
これらは全て彼らの手に落ち、第二の魔界と呼ばれる様になった。
初めの内人間達はそこを奪還しようと何度も軍を送り、彼等に挑んだが、その強固な都市外壁の内に入るはほんの少数のみ、また、運良く外壁を越えたとて迷路の様に複雑に入り組んだ都市構造体を最上層まで攻め入る事など可能と呼ぶにはあまりにも現実味のない話であった。
その戦役の失敗により人間達が思い知った事は、ただただ彼らの力の強大さのみであり、何時しかその都市は完全に作戦区域から除外され、人間達はその巨大な構造体を遙か下の地上から見上げ撤退するのみとなった。
そして、諦められた都市内部の人間達は新たな支配者により、男は重労働を強いられ、女は奴隷として化け物たちの慰み者になるか、化け物たちに取り入って魔の者へと身を落としていくか。それぐらいしか選択肢は無かった。



それから百年が経った。



強大な力を誇っていた先代の魔王は次代へとその玉座を譲り、一説には病死、また一説には戦死されたとされ、新たな時代が動き始めた。
醜悪で恐ろしい風貌をしていた彼らの姿は変わり果て、戦の容はあまりにも変わり果てた。
それはある者が言うには魔王が自軍の増強のために行った大魔術が失敗してしまった為、またある者が言うには自分たちの相貌を嘆いた魔王がその強大な魔力を行使したため、そしてある聖職者が言うにはこれは人間達をその姿で油断させ侵攻を容易にするため。
しかしそのどれもが魔王と呼ばれる者の意図を完全に説明しきるには至らない者ばかりであった。
そして、彼らの変化は、百年の昔に彼らの手に堕ちたその都市国家の中でも少なからず影響を及ぼしていった。



それからさらに百年が経った。









第六階層四区画三百二十四号室

「むにゅむにゅ……」

……Zlilililililililililililililili!!!!!!!

「んがぁ……ぅるさいぃ……」

……lilililililililililililililililililililililililililililili!!!!!!

「後3分だけぇ……zzz」

――ガタン
――カツカツカツ
――バッ

「ぅおらぁ!起きろチビナス!!」
「んぉわっ!?ひぎゃあぁ!」

――ゴロゴロドンっ!

「あたたたた…。んもう。何するんだよぅ…」
「「何する」じゃねぇよ。仕事の時間だよ。おめぇ、今日から正社員になったって喜んでたんじゃねぇのか?今日は入社式じゃねぇの?」
「んぁ?今何時?」
「ん…」

そう言ってドウは私の目覚まし時計を私の目の前に持ってきた。

「ぇ……」
「8時34分だ」
「えぇぇぇぇええ!?!?」
「あぁ〜あぁ〜。このままだと初日から遅刻だな。ニヤニヤ」
「ちくしょぅ!もっと早く起こしてよ馬鹿!」

私はあわてて洗濯物をひっかきまわし、着替えを引っ張り出す。

「あぁ、もう。着替えるから出て行ってよ」
「安心しろよ。てめぇの色気のねぇ裸見て欲情する様なオスはこの区画にはいねぇよ」
「むっ! 良いから出てけぇぇぇぇ!!」
「のわっ!?」

私は頭突きを仕掛けてドウを追い出す。

「あ、あっぶねぇだろうが!おめぇ、チビだつっても、ミノタウロスなんだぞ!?殺す気かよ?」
「ああ、死ね。バカあほボケなすタコ!!」
「ちっ。勝手にしろ」

私は急いで支度をして、部屋を飛び出した。
ここは第六階層の外れにある第四区画だ。
最寄りの“階段”へ向かうのにも時間がかかる。
急がないと“階段”の乗車が終わっちゃう。

――ありがとうございます。
――次の発車は9時42分…9時42分…

終わっ
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