変異結合とその実例

私の心はボース・アインシュタイン凝縮。
耳から入った不要な言葉は超電導で抜けていく。
胸に秘めるは一次元箱型ポテンシャル。
箱に詰まった言葉は行き場を失い凍ったままだ。
不確定性原理に詰まった心の粒子は無任意のスピン磁気量子に引き寄せられ、任意の軌道関数を示した。
そして、絶対零度は解かれる。
私の視線がランベルト・ベールの法則に導かれた先に吸光されたのはたった一人の少女だった。

「ファン・デル・ワールス力」





変異結合とその実例





「ファン・デル・ワールス力」

私の前に突然突き出された右手。

「ふぁ、ふぁんでる?」
「無属性分子の分子間力の一つ」

…えっと。
私はどうすればいいんだろう。
長い黒髪に同じく長い前髪。
顔の半分までかかった前髪の下からのぞく楕円の眼鏡と、どこまでも底の見えない真っ黒な瞳に灯火のような光を湛えて、彼女は無表情にこちらを見つめている。
髪が長すぎるのか、この子が小さすぎるのか髪が地面までつきそうになってる。
その小さな頭にはロシアの人が被るみたいなフサフサの帽子がちょこんと乗っている。
帽子も来ているロングコートもこの子にはすべて大きすぎるみたいにぶかぶかだ。
私がそうやって女の子を観察している間もじっと彼女は私を見ている。
新手の宗教勧誘だろうか?

「えっと…うちの実家は神社ですが…」

私が言うと、彼女は首を数ミリほど傾げてから、

「…カテナンの様な関係からで構わない」
「か、かて?…お茶に入ってるやつ?」
「お茶が飲みたいの?買ってくる」

そう言うと、女の子はとことこと走り出してどこかに行ってしまう。

「ほ…」

変な汗をかいていた。

「買ってきた」
「ひっ…」

突然下の方向から差し出されるペットボトルに入ったお茶。
毛糸のミトンに包まれた小さな手は揺れることなくしっかりと伸びて私の目の前にお茶を突き出す。

「冷たいほうが良かった?」

彼女はまた無表情のまま首を微かに傾ける。

「い、いえ。暖かいので…」

私は突き出されたままのペットボトルを受け取る。
するとすぅっと彼女の手が下りていく。
私がしばらくそのままでいると、

――じぃ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

彼女はじっと私の顔を見詰めたままでいた。
……えと…。
これ、飲んだ方がいいのかな?

「…………」
「………………(じぃ〜〜〜〜)」

私は意を決してペットボトルの中身を傾けた。
飲みなれたしぶ甘い味が口の中に広がる。
すると、女の子は一度瞬きして、

「君の名前」
「え?」
「君はなんという名前だ?」
「こ、此花圭(このはな けい)です!」
「そうか…。また…」

女の子は再びとことこと走って行ってしまった。
そのあと気がついた。
思わず言ってしまった名前。
もしかしたらまずかっただろうか…。
詐欺とか宗教とかだとまずい気がする。
私はそれを気にしながらも授業のチャイムを聞いて、教室に走った。

授業を終えて図書室でレポートを書きあげる。
私は保存のボタンをクリックして作業を終える。
そしてふと思い出した。
あの女の子のこと。
どうしてこの大学にいたんだろう…。
背丈とかはどう見ても中学生か小学生。
でも、彼女は出口ではなく理系の施設のある西エリアに走って行った。
っていうか、聞きなれない言葉をしゃべってた。
…ふぁん…なんだっけ……。
彼女はいったい何者なんだろう。
そう言えば…、

「『また…』って…」

また来る気なのだろうか。

「…帰ろう」

私はパソコンをカバンにしまうと図書室を後にした。




――ガチャガチャ

「………えと…」
「…絶縁素子を取り除いて化学親和力を結ぼうとしていた」

彼女がなぜか私のアパートの私の部屋の扉の前で2本の工具のようなものを鍵穴に突っ込んでガチャガチャと何かやっていた。
……どうしよう。
お巡りさんを呼ぶべきなのだろうか。
で、でも理由も聞かずにいきなりお巡りさんを呼ぶのもかわいそうかもしれない。
もしかしたら法を犯してまでやらなければならないことがあるのかもしれない。
実際、絶縁がどうのとか親和力がとか言ってたし…。

「えと…な、何をしてるんですか?」
「内部と私を遮断するアルミ合金製の扉を開いて中へ入ろうとしていた」
「……えと、なんで?」
「此花圭に用があった。大学の生徒名簿に侵入して登録住所を調べた。苗字が少数派であった為、すぐに見つけられた」

へぇ〜生徒名簿で。
そう言えば入学するときに登録したっけ…。
あれ?
あれってだれでも見れるんだっけ!?
確かセキュリティーがかかってて学校関係者以外は見れないはず…。
しかも侵入してって…ハッキング!?
…犯罪だ!
どうしよう。どう考えても犯罪だ。
で、でもこんな小さな
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