ふとした瞬間、酷い孤独を感じる事がある。
友達がいないわけじゃない。
女の子とも付き合っていたことも何度かある。
家が貧しいわけでも、親を亡くしているわけでもない。
でも、一人の部屋で、人ごみの中で、地下鉄の中で、静かな講義室で、殺菌灯の漏れる実験室で。
ボクは突然一人になる。
それは友達と遊んでいるときにも、彼女と付き合っていたときにも、変わる事無く襲ってきた感覚。
突然世界との接続を切られたみたいな。
突然穴の中に落ちたような。
突然何かを失ってしまったような。
そんな重く暗い感覚。
他人の考えている事が分からない。
皆が僕を嫌っている気がする。
世界が僕を避けている気がする。
そんな時、ボクはベッドに掛け込む。
布団を被って考える。
身動きが取れなくなるような想いに縛られている。
そんな状態を考える。
ボクを殺したいほど憎んでいる誰かを思い浮かべる。
ボクを縛りつけたいほど愛している誰かを思い浮かべる。
そんな人物の兇刃に貫かれ。
そんな人物の双腕に抱かれ。
ボクは夢見心地になる。
そんな瞬間は間違いなく幸せで。
そんな瞬間は間違いなく独りではない。
――にゃーにゃー
飼い猫が枕元で餌をねだる声がして目を覚ます。
その顔を見てたまらなく嬉しくなる。
この子はボクを求めている。
嫌がる猫を無理やり抱きしめてその温もりを感じる。
猫の爪が肩に当たり痛みを伴う。
いっそのことその爪でボクの肌を貫いてほしい。
そうすればちょっとは幸せになれる。
ある日、古本屋で暇をつぶすため立ち読みをしていた。
漫画コーナーをぐるりと回る。
その奥には成人コーナーの暖簾がある。
ボクは引き返そうと身体を回す。
その時目に入った一冊の本。
分厚いハードカバーで、タイトルの表記もない。
漫画本の派手な表紙の中で明らかに浮いているその本。
訳も分からずその本を手に取っていた。
ボクはそれを持ったまま内容も確認する事無くレジに向かう。
店員はその本を手に取り、首をかしげた。
店長を呼んでくると言われ待たされる。
ボクの後ろに2人の客が並ぶ。
1人はもう片方のレジに通され、残された男性客はボクの方を一度睨む。
ボクはその目を一度見て、そしらぬ素振りでレジに向き直る。
丁度店員が店長と呼ばれる若い男を連れてきた。
二人はその本を手に取り二、三度首をかしげては話し合う。
ボクは結局その正体不明の本を一般小説(ハードカバー)の基本料金で購入した。
帰りにスーパーによって買い物をする。
人がたくさんいる。
レジの列では子供が落ち着きなくレジ横に置かれたお菓子や小物雑貨を手に取り、母親にしかられる。
ボクも昔はこういう子どもだった。
ボクは2才くらいからの記憶をおぼろげながら持っている。
スーパーで100円均一のコーナーを見て回っている母親に手をひかれ、ボクはあるワゴンに積んであったおもちゃをねだる。
母親は何を思ったのかその隣の小物を手に取り、首をかしげる。
そうして僕が抱っこをせがみ、視線が高くなる。
その時ふと飛び込んできた黄緑色の綺麗な色合いのプラスチックのバスケット。
ボクはそれを見て玩具への興味を無くしてそれを手に取り、母の買い物かごに入れていた。
母はそれをずいぶんと不思議がったが、ボクはそれまでお菓子よりも味の付いていない麩を好んでポリポリと食べたり、歩けるようになると親の目を盗んでアパートの部屋を飛び出し、アパートの1階にある遊び場の滑り台に行って遊んでいたりと、一般的に言う変わった子だったので、くすくすと笑いそのバスケットを買ってくれた。
ボクは家に帰るとさっそくそのバスケットにお気に入りの玩具や雑誌の切り抜き、自分で折った折り紙などを入れて満足していた。
悲劇は次の日起きた。
当時大学院生だった父が友達と飲んで帰ってきて、ボクのバスケットに気づかずそれを踏んで壊してしまった。
絶望してしばらく父と口を利かなかった。
――次の方どうぞ
その声でボクは現実に戻り、1歩進んでかごをレジの台に置いた。
1824円を支払い、レジ袋に品物を詰める。
ネギが飛び出したそれを持って車に向かう。
カーステレオからcobaの曲が流れる。
本当はアニメソングなどを入れたいが、部活や研究室の後輩を乗せる事もあるので、車には割と好きなJポップ歌手や父親の影響で聞きなれていたベートーベンが積んであった。
そんな僕の小さなディフェンスすらも無視して友達は自分のIポットを繋ぎ大音量でアニメソングを流したりすることがあるが、そう言う時後輩の女の子から非難を浴びるのはボクではなく友達なのでボクは気にしない。
アパートの8台止めの駐車場に車を止め、アパートの裏の玄関へ回り込む。
布団を干している上の階の主婦と目が合い、作り笑顔で挨拶をする。
あそこの部屋に住んでいる
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