レイニーナイト
――カランカラーン
「ありがとね。また今度。待ってるわ」
「あいしてるよ。姐さん」
「ふふ。ありがと」
私が愛想笑いで最後の客を見送る。
ドアにCLOSEの看板を掛けてカーテンを閉める。
ふとカウンターを見ると、彼がウィスキーの入ったグラスの最期の一口を流し込んだところだった。
「アーサー。もう店閉めたんだけど?」
「おぅ……」
「聞こえてる?」
「聞こえてるぜ〜。あんたの言う通りだと俺も思うぜぇ〜」
「はぁ…」
私はため息をついて彼の横に腰かけた。
「おう。ウェパル。酌してくれるのか?」
「はぁ…。もうお酒はやめて」
「あぁん?俺は客だぞ。客に酒が出せねぇのかよ?」
「世間ではツケばかりで一向にお金払ってくれない男を客とは言わないのよ。それに、もう店は閉まってるわ」
「堅ぇこと言うなよ。一緒に飲もうぜ、ウェパル」
彼はボトルの栓を抜くとグラスに注ごうとする。
「もうおしまいよ。これ以上ダメな貴方を見せないで」
私は彼からグラスとボトルを取り上げた。
「ああ…」
彼が子供のように残念がる。
「はぁ…。ねぇ、どうしてなの?」
「…………」
「………」
彼は黙りこんだ。
店のガラスをたたく雨のくぐもった音だけが店の中に響く。
「……ウェパル。ヨリをもどさねぇか?」
「…いやよ。私は人間と付き合うのはやめにしたの」
「それはずっと前から知ってる」
「ならなんで聞くの?」
「どうしてお前は、「人と付き合うのが嫌だ」と言いながらこんな街中で店をやってるんだ?」
「あなたには関係のないことよ」
「どうしてお前は……あの時俺を抱いた?」
「……さぁ、ね」
「…………」
彼は無言で机に突っ伏してしまった。
「私は貴方が好きよ。今でも愛してる。でも、だからこそ付き合うことはできないの」
「………」
「私にとって人間の生は短すぎるの」
「…………」
彼の顔を覗き込むと、小さな寝息が聞こえてきた。
「はぁ…」
私は彼の身体を抱きかかえると、そのまま二階に昇っていく。
「軽くなったわね…」
私の部屋のベッドに彼を寝かせる。
そこで、私は術を解く。
ずるずると長い尾を引きずって彼の枕元に座り彼を見た。
「……私も人間だったらよかった。そう何度思ったでしょうね」
私は彼の前髪を人差し指で分けながら言う。
寝顔は昔から変わらない、まるで少年のよう。
「ハンナを生んだとき。あなたには言わなかったけど、とても嬉しかったのよ」
彼は瞳を閉じたまま黙っている。
「あの子が泣く度、あの子に母乳をあげる度、あの子に愛おしさを感じれば感じるほど、貴方とは一緒に暮らせない。そう思った」
「…………」
「愛してるわ」
彼の唇に口づける。
煙草とお酒の臭いのする唇。
「苦いわね…」
私は彼の隣に横になり、同じ毛布に入った。
雨の音が静かに私達を包み込んだ。
長い尾で、彼の身体を抱きしめる。
彼を起こさないように、そっと。
「……愛してる…」
「私もよ」
彼の寝言に応えた。
彼が二階から降りてくる。
私は入荷した品物を整理しながら挨拶する。
「おはよう。アーサー。よく眠れた?」
「ん?…ああ。頭が痛いが、それを除けばいい目覚めだ」
彼はいつもの席に座る。
「トーストでいい?」
「ベーコンも付けてくれ」
「はいはい」
トースターに切ったパンを入れ、ベーコンの切り身をフライパンに乗せた。
「……お前に抱かれて愛の告白をされた夢を見たよ」
「…そう。なんて答えたの?」
「愛してるって」
「…そう」
私は焼きあがったパンとベーコンを洗ったばかりの皿に乗せ、彼の前に置いた。
私は沸いたお湯を挽いたばかりの豆の上に回し注いだ。
できたコーヒーを彼に出す。
「ありがと」
「代金はツケよ」
「金とるのかよ…」
「こっちも商売なのよ」
「ちゃっかりしてるぜ」
――トトン
天井の板が音を伝える。
その音はそのまま階段に走って行き。
「ママー!おはよ〜!」
元気な可愛らしい声が私の隣にやってきた。
「おはようハンナ。アーサーの横で一緒に朝ご飯食べなさい」
「は〜い!」
「何か飲む?」
「おじちゃんと同じやつ!」
「…おいおい。ガキにゃ、まだはえぇよ」
「ガキじゃないもん!ハンナは大人のレディーだもん!」
「ふふ。じゃあ、たっぷりミルクを入れてあげるわ」
窓から差し込む光が店を明るく照らす。
気持ちのいい朝。
――カランカラン
「いらっしゃい。 …あら、リーナ」
「ぶっ!!」
「おじちゃんきたなぁ〜い!」
アーサーが飲みかけていたコーヒーを噴き出した。
ハンナは持ち前の反射神経でお皿とカップを避難させていた。
「……やっぱり。ここにいたのね」
リーナがため息気味に入ってく
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