アメシストス

季節が夏から冬に移り変わる。
この地方に秋という季節は明確には存在せず、短い雨季が終われば途端に北の山から極寒の風が舞い降りてくる。
私はその風を受けて凍えるような左手を手綱から離し羊のフェルトでできた安っぽいコートに収めた。
山の上に黒い雲が見える。
急がなければ。
この盆地を降れば港町ロッソルが見える。





アメシストス





ゴロゴロと雷が鳴り響く。
滝のような雨が私の顔を濡らす。
私は馬を急がせ馬車を飛ばす。
私はふと迷う。
この先を右に行けば深い森に、左に行けば高い山に。
この雨の中で山道は危険すぎる。
私は右に手綱を切った。

森に入ると深い木々は屋根となって雨を防いでくれた。
私は思いの外早く着けそうだと安堵した。
しかししばらく行った時だった。
ガコン という大きい音とともに馬車が止まる。
急ぎ馬車を降りて原因を探ると、木製の車輪が欠けてしまっていた。
まいった。
修理しようにも材木などは積んでいない。
もともとロッソルは2,3日で到着する予定であり、それほどの備えはしていなかったのだ。
私は仕方なく馬車に車止めを咬ませ、馬を木の下に停めると簡易式のテントを張った。
幸いなことに空も見えないほどに生い茂った木々が私たちを雨から防いでくれる。

「雨の中よく頑張ったな。リオン」

私はゴワゴワとした乾いたタオルでリオンの背中を拭いてやる。
リオンの呼吸に合わせてゆっくりと上下する背中。
適度にその体を拭いてやると ヒヒン と彼も気持ちよさそうに声を上げる。
私が奴隷商人から逃げ出し、商人となって初めて手に入れた相棒だ。
彼はずいぶんと年老いているがいまだに足腰は強く、道もよく覚えている。
私は弱まってくる雨音を感じ、馬車の荷台から乾いた麦束といくらかの薪を取り出して薪を焚いた。
火がしっかりとついたのを見届けると、私は暗い森の中に入り一抱えほどの枝などを拾う。
湿ってはいるが、乾かせば使えそうだった。
私は拾った枝を薪のそばに並べ乾かすと濡れた服を脱ぐ。
この雨の中こんな寂れた街道を行くのは私ぐらいだろうと人目も気にせず裸になった。
暗い森の中で焚火の炎だけが私の体を照らす。
白く細い手足は母がよく褒めてくれた。
鞭の痕の残る背中や腹、父譲りの黒くまっすぐな髪がぼんやりとオレンジ色に浮かぶ。
彼らにとって、私は何だったのだろうか。
ふいに様々な光景を思い出す。
私はそれらを振り払うとテントに入り、獣くさい毛布をかぶって横になった。
しかし馬車を早く何とかしないと。
ここまでの3カ月の旅が無駄になってしまう。
ゴール目前でみすみす大金をはたいた積荷を捨てて行くわけにはいかない。
まぁ、それは明日にならなければどうしようもない…か。
私はまぶたを閉じた。

次の日の朝は チュンチュン という鳥の声で目を覚ます。
あれほど暗かった森は木漏れ日の優しさに包まれ、燻ぶったたき火は未だにぱちぱちと音を立てていた。
驚くほど気持ちのいい朝だ。
昨日の雨がまるで嘘のような青空が木々のわずかな隙間から見える。
私は乾いた枝を何本か日の上に乗せると森に歩き出す。
私は途中で裸であることに気付いたが、肌寒くも心地よい森の空気に、もう少しこうしていたいきになった。
どうやら今日は北風が吹いていないらしい。

「くしゅん!」

…とはいってもやはり寒い。
私は適当な石を一抱えほど拾うとキャンプに戻った。
干してある服に触ると、まだ小湿っている。
まぁ、このままでも焚火にあたっていれば問題ないだろう。
私はキャンプから毛布を引きずって取ると、それを軽く羽織った。
薪の周りに石を積み上げる。
そうしてできた簡易性の竈の上にフライパンを乗せてよく温める。
鉄に染み付いた油の温まるにおいを感じると油を薄く引き、3日前に商売をした村で手に入れた卵を焼いた。

ジュー

っといいにおいと音がする。
私はころ合いを見計らうとフライパンを切ったパンの上にひっくり返した。
その上に軽く塩を散らしてパンを乗せれば特製のエッグサンドの出来上がりだ。
港町が近いこともあり、この辺りでは安く塩が手に入るので助かる。

「頂きま〜」
――ぎゅるるるるるるるるるる
「…す?」

私が口を開いた瞬間にどこからともなく腹の音がする。
私ではない。
私は恐る恐る後ろを振り向いた。

「…………?」
「………(ぎゅるるるるるるるるる)」
「……………!?」

私はその姿を確認するとあわてて後ろに飛び退いた。

「あ〜〜〜」

私がエッグサンドを持ったまま遠ざかったためか、声の主の視線はわたしの動きについてくる。
正確にはエッグサンドについてくる。

「貴様、魔物か!?」
「ん〜〜〜〜〜ボクのごはん〜〜」

{ダークスライムAがあらわれた}

声の主は宝石のような紫の
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