the angel fall

私の生まれた日、母さんは私にレオナという名前をくれた。
私が初めて歩けるようになった日、母さんは私に剣をくれた。
私が初めて母さんから一本を取った日、母さんは私の背中を叩いてこう言った。

「ここから先は、私があげられるものは何もないよ。自分で探しなさい」






           the angel fall






――はぁ、はぁ

どうしてこんなことになったの?
前線は崩壊、隊列はめちゃくちゃ。
私達の隊は撤退を余儀なくされた。
相手が弱小だと甘く見ていた。
聞いたことのない敵司令官の名を聞いて、新人だと油断していた。
戦線を押し上げ始めた途端の突然の奇襲。
矢の雨が降る。
おかしい、ここには高台なんてどこも…。
体を分断して二面で攻める。
とたんに相手の増援が左右から挟み撃ち。
完全に見透かされてる。
長槍で馬が倒される。
まずい。
一心不乱に剣を振る。
撤退。敗走。
完全に私の負けだ。
追手を払いのけながら。
地面に転がる傷ついた兵士たち。
全部私の責任だ。
一人でも多く、逃がさなくては。
追手に向き直り、時間を稼ぐ。
相手が多すぎる。
長くはもたない。
最後の一人が逃げ切った。
早く、私も…。

――ガツン!

首筋に衝撃を受ける。
手足がもつれる。
身体が動かない。

――僕の勝ちだね。隊長サン。

三日月の様に嗤う顔。
私の意識は夜に沈んでいった。



目が覚めると、はじめに見えたのは暗い石の壁だった。

「気分はどぉ?隊長サン」

――バッ!

声の主はまだ幼さの残る少年だった。

「っ!」

両手が拘束されている。

「あはは。だめだよぉ?暴れちゃあ。これから色々と聞きたい事があるんだ。しっかりと最後まで話してもらわなくちゃいけないからね」
「殺せっ!私は何もしゃべるつもりはない!私にもリザードマンとしての誇りが在る」
「いやだよ。隊長サンの誇りなんて僕には関係ないもの」

そう言って少年は私の前まで歩いてくる。

「ねぇ、気分はどぉ?敵前で無様に逃げようとして捕まっちゃった気分は?」

少年の顔に邪悪な笑みが浮かぶ。
その言葉から悪意が迸る。

「ねぇ、答えてよ。悔しい?悲しい?恥ずかしい?ねぇ、どうなの?お知えてよ」
「最悪だ…」

苦虫を噛みしめる思い。

「あっははははっ!最悪?そうっ!それは良かった。でも安心してよ。これからもっともっと悪い事が起こるよ。今の気持ちなんて最高だったって思えるくらいに」

少年が大笑いする。
その顔が、その言葉が、私の心に突き刺さる。
その時、檻の向こうから足音がやってきた。

「エルンスト・ウィギナー少佐。将軍がお呼びです」

どうやら敵軍の兵士の様だった。

「ちっ。せっかくいい所だったのに。あぁ〜あ。つまんないなぁ。あのおっさん。話し長いから嫌いなんだよね」

兵士に聞こえるようにわざと大きな声で不満を話す。
少年は檻を出ていく。
最後にちらりとこっちを見た。

――また後でね。



それから数時間して、食事が運ばれてきた。
お世辞にもおいしいとは言えなかったが、空腹だったので、吸い込まれる様に私の喉を流れていった。
その時兵士が言った。

「あなたが“青竜のモリガン”…。お目にかかれて光栄です」

その後、その兵士は私に積極的に話しかけてきた。
まったく、私は敵国の捕虜だというのにこの軍は一体どういう教育をしているのだろう。
そんな事を考えながら、一方的に話しかけてくる兵士に私は適当に答えを返していた。

「はは。ずいぶんと楽しそうだね。僕も混ぜてよ」

檻の戸を開けて入ってきたのはあの少年だった。
相も変わらず悪意のこもった笑顔を顔に張り付かせている。

「こ、これはウィギナー少佐!も、申し訳ありません!」

兵士が深々と頭を下げる。

「いいよ。こっちこそ楽しそうなところを邪魔しちゃった?」
「そ、そんな事ありません!」

その兵士の姿が、まるで怯えているように見える。

「今日は戦で疲れたでしょ?君はもう帰っていいよ。あとは僕が観てるから」
「そ、そんな!少佐にこのような雑用…」
「聞こえなかったのかなぁ?後は僕が観てるよ」

少年の顔には先ほどまでと対照的な無表情が浮かぶ。

「はっ!それでは、あとをお任せします!」

そう言って兵士は逃げるように去っていった。
それを見届けると、少年は再び笑顔で私の前にやってくる。
拘束も解かれているというのに、不用心な事だ。

「あぁ〜。抵抗しようとしても無駄だよ?」

私の心を読むかのように少年が言う。
次の瞬間、衝撃の様にめまいが襲ってくる。

「あはは。効いたみたいだね。どぉ?おいしかった?僕の手料理は?」
「くそっ!何か薬を…」
「うん。せっかくだから、隊長サンに僕の料理を食べてもらいたくっ
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