目の前にいるのは、何だ?
闇が。
夜の闇のような魔力が。
夜空の全てを。
夜の空に漂う大気全てを相手にしているような、感覚。
こんな。
こんなはずはない。
だって、ボクはシェルクだ。
シェルクは完璧だ。
シェルクは誰より強くて、優しくて。
ボクなんかと違って、
あれ?
ボクはシェルクじゃない?
じゃあいったい。
ボクは…。
誰だ?
―…けて
え?
―助…て
だれ?
―助けて
キミは…誰?
気づいたら、目の前は真っ白な世界。
ここは…どこ?
―助けて。
目の前には小さな女の子が、泣いていた。
キミは…どうしたの?
女の子が、振り返って。
―助けて。誰か!
ボクに手を伸ばす。
ボクはその手を受け止めようと咄嗟に手を伸ばした。
でも
――すぅ
その手はボクの手をすり抜けて
女の子は僕の身体をすり抜けて、消えてしまった。
そして
気づいた。
手を伸ばして
涙を流して
助けを呼んでいたのは
ボクだった。
ボクが生まれた時、母さんはとても喜んでくれた。
でも、その後ろで父さんは難しい顔をしていた。
その理由を知ったのは、3つの時。
うちにはボク以外に子供はいなかった。
そして、ボクは女だった。
武家に産まれて、朔夜紫電流を継ぐべき跡取りはいない。
養子を貰おうにも下級武士のうちには他の武家から来てくれる子供はいなかった。
そして、もともと身体の弱かった母さんはボクを産んでから、床に伏せるようになっていた。
父さんは仕方なくボクを女でありながら跡取りにしようとボクに剣を教えた。
父さんはとても厳しかったけど、ボクはそれを必死で覚えた。
女の身体で、男として過ごすのは辛い事もあった。
でも、父さんは剣を教える時だけはボクに向き合ってくれた。
それが嬉しくてボクは一心不乱に剣に打ち込んだ。
嬉しい事に、ボクには才があったらしく、剣術の試合では負けたことがなかった。
『あれで男であれば』
『惜しい事だ』
『異国の娘など貰うから御子に恵まれんのだ』
『霜月殿は…』
時折聞こえる陰口。
でも、剣の試合に勝つと、父さんは嬉しそうにして、ボクの頭を撫でてくれた。
母さんもボクを抱きしめてくれた。
だから、ボクは、
剣術以外にも、いろいろな兵法を勉強して、霜月の名前に泥を塗らないように、必死になった。
その為に、心の中に仮面を被った。
能面のように固く、そして美しい仮面を。
ボクは人前では常に仮面を被り、父の言う“強く、気高く、美しい人間”になろうとした。
女ではあるが、男よりも強く。
真剣の様に気高く。
その切っ先のように美しく。
そんなボクの事は周囲で少しずつ話題になって行った。
ある時、そんなボクの話を聞いて、大きな国の殿様がボクと父さんを城に呼んだ。
ボクは父さんと二人で大喜びした。
ボクは、女に産まれてしまったけれど、それでも、こうしてちゃんと武士をしていける。
侍として生きていける。
そうすれば、そうすれば父さんと母さんはもっと喜んでくれる。
お城に着いたとき、父さんは珍しく緊張しているみたいだった。
ボクはそれが可笑しく思ったけれど、それでも殿様に笑顔なんて見せられないから、仮面を被った。
殿様は言った。
『そちが霜月の娘か』
「はっ!霜月椿と申します!」
『ふむ。確かに見目麗しい娘だ』
殿様の言葉に少し違和感を覚えた。
『そちの妻は大陸より参った大層美しい女であると聞いたが』
『はっ。もったいなきお言葉でございます。あれは身体が弱く、家事もろくに…』
『よいよい。謙遜せずとも、その娘を見れば分かる』
『あ、在り難きお言葉でございます』
『して、娘よ。お主は女でありながら剣を使うそうじゃのう』
「はい。朔夜紫電流と申します」
『うむ。わしはそれを見てみたい。なに。木刀を用いた試合じゃ。恐れることはない』
胸が高鳴った。
殿様の前で試合ができる。
ここでいい姿を見せられれば霜月家はお城に仕えることができる。
ボクは試合を快諾した。
相手は、お城でも随一の腕前だという剣士。
手ごわい相手だった。
隙の無い構え。
素早い切込みは姿勢を崩すこともない。
でも、朔夜紫電流ならば。
ボクは気を足に集中し、縮地法で間合いを詰めて打ち込んだ。
勝負はついた。
殿様はいたく感激してくれた。
でも、父さんの表情は良くなかった。
『椿!人前で朔夜紫電流の影の技を使うなど、何事だ!』
「も、申し訳ありません。しかしあの剣士、相当な腕前で…」
『朔夜紫電流の影は闇に隠してこその物。先祖代々よりの習わしだ。二度と人前で影は見せるな。良いな?』
「は、はい!父上」
朔夜紫電流には影の一面があった。
それは暗殺術であり、乱破にも近しい物。
それ故に朔夜紫電流は影で汚い仕事も受けていた。
だからこそ、それ
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