「うわぁぁぁぁぁぁっ!」
――はぁ…はぁ…
私は枯草の臭いのする厩の中で目を覚ました。
流れるように汗を掻いていた。
3年も昔の話。
私は手の甲で額の汗を拭うと腐り落ちそうな厩の扉を開いて井戸に向かう。
井戸の水を一口含む。
苔のにおいが微かにする井戸水。
口をゆすぐとそれを吐き出し、酌に救った残りの水を一気に飲み干した。
見上げればさまざまな色の星が空に川を作る。
南の方角。そこに彼の星が一際大きく輝いていた。
大火。
蠍の中央を象る巨大な赤。
夢の中の妹の姿を思い出す。
奥歯がギリギリと音を立てる。
私は誰も救えなかった。
口角から一筋の流れがあった。
手の甲で拭えばそれは血であった。
その赤い色が、怒りで燃え上がっていた私の心を覚ましてくれる。
今は耐えねばならない。
忍び、耐え抜いたとき、私の念願は果たされる。
救わねばならぬ。
護らねばならぬ。
戦により徒に傷つけられる者たちを。
乱世に惑うこの国の民を。
導かねばならぬ。
それが妹の最期の願い。
私の念願。
その時、転調が訪れる。
大火が大きく輝き、流れ落ちた。
「何だ?」
私は星の落ちた場所に掛ける。
――はぁ、はぁ
半里ほど駆けたであろうか。
そこに、大きな穴が開いていた。
間違いない。
ここに星は落ちたのだ。
私は穴の中を覗き込む。
「何か、見えますか?」
「っ!?」
私は耳元で聞こえた女の声に慌てて退き、剣を構えた。
「あら怖い。そう睨まないで下さる?」
「貴様は誰だ」
「さあ。なにに見えますでしょう?」
女はくすくすと笑う。
ぎょっとするほどに美しい女だ。
見れば女は見慣れぬ服を着ている。
長く下にたれる袖。
足もとまでを覆う一枚布のそれを1本の帯で縛り、袴のようなものは履いていない。
そして、見慣れぬものはその白い服だけではなく、
「その尻尾は何だ」
「尻尾は尻尾にございます」
真白い大きな獣の尻尾が…九本。
見ればその白いく長い髪の頭にも獣の耳が生えている。
三角のその耳、そしてあの尻尾の形。
「貴様、妖狐か!?」
「いいえ。私(わたくし)は麟にございます」
「ほう…妖狐の麟か」
私は引き抜いていた剣を鞘に収める。
「貴方様のお名前を頂いても宜しいでしょうか?」
「私は…奏架(そうか)だ」
「いいえ。私が欲しいのは貴方様の本当の名前にございます。それとも当に捨てたその名、もはや忘れてしまわれましたか?」
「ほう…。見透かすように言うものだな。良かろう。私の名は氷。奏氷(そうひ)だ」
「名はその人を現すと申しますが。その名はまるでそのお心をそのまま現すようにございますね。ソウヒ様」
「御託はいい。貴様、何が目的だ。私に幻術を使い呼び寄せ、名前まで聞き出して何を望む」
「流石にございます。ソウヒ様。私の術を人間の身でありながら看破なさるとは」
そう静かに女が言うと先ほどの穴は消え失せ、半里をかけてたどり着いた荒野は消え去り、元の井戸の周辺の風景が映し出される。
「ほう…。私が走り出したところから既に幻であったか」
「私は狐にございますから、人を化かすことは得意にございます」
「して…。なにが望みだ?」
「私は見ての通り九尾の狐にございます。しかし、私はまだまだ力を欲しております。故に、力を持つ殿方を探しておりました。私に格別の魔力と精を与えてくださるお方を」
「その先に見るは破滅か?」
「いいえ。何も。 私は何も望んでおりませぬ。ただ、見えぬモノは見たくなる。それが人の性にございます」
「…何故に私を誘う」
「貴方様が特別な殿方であると私は見抜きました」
「…それは貴様の目が曇っているからであろう。見ての通り私は義勇軍と自称する盗賊団の下っ端に身を置く男だ。これがどうして特別であろうか」
「ここ数日、貴方様を観察させていただきました。貴方様の心、夢の中までを」
「…(ピク) …覗き見とはいい趣味を持っている」
「そうお怒りにならないでくださいまし。そのことはお詫び申し上げます」
「…何を詫びるというのだ」
「貴方様をお疑いしたことを、でございます」
「………」
「貴方様は確かめるまでもなく、私の望んだとおり特別な殿方でありました」
「…して、貴様は私をどうしようというのだ」
「私を娶ってください」
「…妖狐の貴様を…か?」
「貴方様は特別なお方です。その智才、恐らくは軍を持てば確実にこの乱世を鎮めるお力を持っているでしょう。しかし、貴方様はご自分でも分かっているはずです」
「………今の私に軍を、兵を動かす力はない。か」
「私は貴方様のその野望を実現するための手助けをしとうございます。私の魔力で貴方様の才覚を磨き上げたならば、貴方様の野望は野望にあらず。恐らくは手の届くところに落ち着くでありましょう」
「…その代り、精を寄
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