今日、日本では全国的にチョコが降り、チョコに埋もれた街では女性がこぞってコンビニエンスストアやスーパー、それからデパートの棚に降り積もったチョコをかき集めてはそれを男性に渡すという奇行が目撃された。
無論これは比喩だ、決して今季の某アニメの第一話ではない。
しかしながら、これによって日本のお菓子メーカーは年間の売り上げを左右するとあって、毎年のことではあるが、街はチョコ一色に染められた。
そして、
俺こと野村克治(のむらかつじ)23歳(独身)は、
今日、初めて人を殺した。
事の発端は、今俺の目の前に横たわるこの女だ。
向村さゆり(さきむらさゆり)年齢不詳、恐らく高校生。
一見何の罪もないいたいけな少女のようだが、しかし、その実態は、
. ストーカー
. である。
俺がこの無残にも頭にプラスドライバーを突き刺された少女と出会ったのは半年前のことだった。
当初は何の罪もない女子高生だったのだろう。
もちろん頭にプラスドライバーが刺さっているなんてこともなかったわけだが。
しかし、それでもここ数カ月の少女の行動は明らかに常軌を、情気を逸していた。
何度メールアドレスを変えても届く少女からのメール。
かわいい絵文字に彩られたその長い長い文章に隠された少女の狂気を読み取ることは、汚職疑惑のある政治家の心の内を暴くよりも幾分も簡単な事だった。
時折アパートのドアノブにぶら下げられる可愛い包の入ったビニール袋も、更にはアパート内部に残る嗅ぎなれないシャンプーの匂いも、俺の歯ブラシの隣に寄り添うように並べられた歯ブラシも。
すべてが全て、少女の異常性を示す証拠にほかならない。
アパートの鍵を新たに交換したこともあった。
しかし3日後には見つかる彼女の痕跡は、俺に「無駄」だと笑いかけるようであった。
だが、今のところ、俺の身に危険が及ぶことはなかった。
それが、それだけが、俺が警察を頼るという最後の切り札を留めている理由であった。
今にして思えば俺がその切り札を切らなかったことは大きな間違いだったのかもしれない。
もしそうしていればこの物語はこんな結末には、いや、始まりにはならなかったのだろう。
デッドスタート
「ありがとうございました〜」
俺はいつもどおり、最後の客、近所に住む田村長 清臣(たむらちょう きよおみ)68歳こと、店長目当てで夕方過ぎから長話に花を咲かせる迷惑なエロジジイを閉店時間に追い出し、玄関脇の看板を店内にしまった。
「お疲れ様。野村くん。はい、これ、晩御飯」
「ありがとうございます。店長」
このシナモントースト片手の黒髪の美人は俺のバイトする喫茶店の店長、沢崎鳥羽莉(さわさきとばり)さん、年齢不詳(未亡人)。
紹介の通り年齢不詳の美しさで男女問わず、老若男女分け隔てなく、誰からも人気のあるマスターだ。
近所の女子高生からは恋の相談を持ちかけられ、エロジジイからは毎日口説かれ、営業周りのサラリーマンからは愚痴を聞かされる苦労人。
しかしまぁ、本人はそんな話を聞くのが何よりも好きでこの仕事を続けているのだと答える。
初めは今は亡き旦那さんと始めた小さなこの店。
敷地の裏が墓場という悪条件の中、東京銀座の名店、ヨハンで修行を積んだ旦那さんの淹れるおいしいコーヒーに、元パティシエの鳥羽莉さんの作るケーキは瞬く間に人気を呼んだ。
旦那さんの亡くなった今も旦那さんに習ったドリップと、女性ならではの発想から生まれたスイーツに合うカフェメニュー。何より、鳥羽莉さんの聴き上手な人柄がこの店の人気を支える。
そんなこの店で唯一のバイトである俺は学部時代からの鳥羽莉さんのファンなわけで。
無論、先ほどの何気ないやり取りの中で、実はチョコレートなどというハイカラな物を渡されるのではとにわかに期待しなかったわけではないのだが、そんな甘くも苦いビターチョコレートのような幻想を軽くも砕き融かしてできたホットチョコレートのような鳥羽莉さんには何の罪もない。
結局のところ俺はいつも一方通行で、店の近くに所々存在する路地を歩く通行人のごとくこの人のカームの様な緩慢な空気に流され漂う一学生でしかない。
老化学などという胡散臭い分野を、これまた胡散臭い登山マニアの教授の下で研究、という程身を入れるでもなく。一日の三分の一を研究に、もう三分の一をバイトに、残りを睡眠に明け暮れる毎日だ。
「はい、抜き打ち利き珈琲」
「ぐ…。ありがとうございます。 ん…。この甘み…ほのかな酸味…ドミニカ モンテアルトで」
「ふぁいなるあんさ〜?」
「ふぁ、ファイナルアンサー…」
「ん〜おしい。ハイチ マールブランシュでした。コクと
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