妹憑き

暮羽(くれは)は昔から良く出来る子だった。
気立てはよく、母の手伝いも進んで行い、女だてらに字も覚えた。
そんな暮羽が守巫女(もりみこ)に選ばれた事に疑問を抱く村人はいなかった。
義兄としては誇りでもある義妹が守巫女になることは喜ばしい事ではあったのだが、いかんせん自慢の義妹が家を離れるのは寂しくもあった。
…とは言っても、山の社は目と鼻の先ではあるのだが。
それでもどうだ、
成人間もない少女が一人いなくなっただけでずいぶんとこの家は寂しくなってしまった。

「母さん、畑行ってくる」
「あいよ、気を付けなよ」

『私もいっしょに行く!』

その細腕にはあまりに重荷な鍬を手に、嬉しそうに自分の背中には余る竹かごを担ぐ義妹の姿。
そんな光景が未だに母の言葉に続いて浮かんでしまう。

「……」
「…。はぁっ。そんなに寂しいんなら、会いに行ってやったら?」

そんな俺の姿に母の声。

「いや、そんなんじゃねぇよ。ただ、暮羽に守巫女なんて大役が務まるのか心配なだけだ」
「そうかい。…ぼやぼやしてると日が暮れっちまうよ?」
「あ、ああ。そうだな。じゃ、行ってくる」


その泥だらけの赤子が捨てられていたのは山と言うにはあまりに小さな山の上の社。
最初に見つけたのは守巫女としては経験の浅い、夕(ひぐれ)様だった。
社ではちょっとした騒ぎになり、そして、その赤子を引き取ると言い出したのは俺の父だった。
当時三つだった俺には朧気な記憶もなく。
ただ、それでも物心ついた時から俺には妹がいた。
父も母も分け隔てなく俺と暮羽を育てた。
太平の世の続くこの国ではもはやただの言葉になってしまった家の名。
それでも先祖代々続く家名と土地。
父にはきっと僅かばかりの誇りなどもあっただろう。
それでも、俺達のために家宝の刀を竹光に仕替え、毎日振り続けた木刀を鍬に持ち替える父の姿は子供ながらにかっこいいと思った。
父が悪い病を患い、七日と経たずこの世を去った時、真ん丸な瞳から大粒の涙を流す暮羽を見て、俺はその日から鍬を手に泥にまみれながら畑に立った。
そんな俺を見て暮羽が木の板が擦り切れるほどに筆を走らせ字を学び、時には母を手伝い、暇があれば俺と共に畑に立つようになった。
自慢の妹だった。
娘のようにも思っていた。
片時も離れた事なんてなかった。
いや。
やめろ。
いい加減俺もあいつから離れなくては、な。
俺は邪念を振り払うように先祖の土地に鍬を穿つ。


暮羽に再会したのは暮羽が家を出て三月も経たない春の頃だった。

「えへへ。見てみて、お兄ちゃん。お母さん。守巫女様の御正衣だよ!」

そう言って美しい赤と白の男装姿を見せる妹。
未だにあどけなさを残す暮羽の顔と幼い身体つきにはお世辞にも似合ってはいなかった。

「こらこら。あまりはしゃいで大事な巫女服を汚すなよ」

まったく、しっかりしているとわかっていてもどこか危なっかしい。

「むぅ〜。いいじゃない。久しぶりに会ったんだから!ねぇ〜。お母さん」
「はっはっは。そうだね。…暮羽。おいで」

母さんが優しく微笑み、暮羽に向かって両手を広げる。
暮羽は真ん丸の瞳を輝かせてそちらに駆けた。

「立派になったね、暮羽。ほら、お父さんにも見せてお上げ」
「お揚げ!?(キラキラ)…と。そうじゃなかった。は〜い」

「ん?」

初めて違和感を感じたのはここだった。
「お揚げ」と目を輝かせた暮羽の頭上に一瞬狐の耳のようなものが見えたのだ。

結論から言うならばそれは見間違いでも錯覚でもなかった。

しかしながら、当時の俺には父の位牌を前に姿勢正しく正座して手を合わせる妹にそんな異変が迫っているなど気づけるはずもなかった。


次に暮羽に会ったのは秋も深まる実りの季節だった。
村は大忙しで冬に向けて蓄えをし、俺も畑の芋ほりや、未だに家に米を納めてくれる村人への挨拶回りなどで駆け回っていた。

「ねぇねぇ、お兄ちゃん。私ね、夕様から褒められたんだよ!」

そう言って無邪気に抱き着いてくる妹の身体の感触に確かな違和感を感じたのだ。
(むにゅん)
や、やわらかい…。
いや、まて、落ち着け。暮羽も成長期だ。
成人したとはいえ、まだまだこれから大人になっていく。
そうだ。母さんを見てみろ。

『こうして身体に栄養を蓄えてるのさ。だから私は丈夫なんだよ』

そう言って病で亡くなった父の墓前で不謹慎に笑う明るい母。
その肉付きからすれば暮羽も当然…。ん?
暮羽は妹とは言え義妹のはずだ。母と血のつながりは…。
いや、しかし。だが。

「どうしたの?お兄ちゃん?」
(ふにょん)
(むにん)

成長期の暮羽のために大きめにあつらえられた巫女服の上からではほとんどわからないが、明らかに春の時と感触が違う。

「い、いや。何もない。…暮羽、お前もそ
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