サナギとコクリ

どうも いらっしゃいませ

え?この店は何を売っているかって?
そうですねぇ
この店にない物はないです
まぁ、ある物の方が少ないんですけどね
見ての通り売り物はあまりありません
でも、ご入り用とあらば何でもお作りいたします

え?ああ
すみません
私、薬師のサナギと申します

え?あぁ。いえいえ
薬師の蛹ではありません。薬師の“佐名木”です
“さ”を強く発音してください
そうです“サライ”の発音です
佐名木ルイと申します

いいえ。蛹類ではありません
“佐名木るい”です
“さ”と“る”を強く発音してください

あ、いや。「さとる」を強く発音していただかなくても結構ですよ
さ と る ですよ
いや、そうじゃなくて、あぁ…まぁ、もうそれでいいです
大体そんな感じです

ところで今日はどんなご用件で?
はぁ。そうですねぇ
最近多い注文はやはり妖怪の方達から“媚薬”のご注文が多いですね

おや!?あなたの奥様も妖怪で?
種族の方は?

ほぅほぅ…
それでしたらこちらの薬なんていかがでしょうか?

いえいえ。怪しくなんかございませんよ
この薬はかの富士の山の麓、その大樹海の奥地に広がる触手の森の触手から絞り出しました体液を大陸の娑婆党(さばと)なる集団の魔女より伝え賜った構成法により成分を抽出しました生薬でしてね

あ、いえ、「不死の魔女の小学の集団を触手に性交させて絞り出した体液」ではありません
「富士の触手から絞り出した体液を魔女の構成法で抽出した生薬」です
いや、「なんかやらしい」と言われましても…

ゴホン…
とにかく、これでしたらあなた様には体力増強精力増大の効果を
そして奥方様にはより一層の美しさと若さを
さらにはこちらに用意いたしました軟膏などを奥方様の感じやすい部分に塗っていただけましたならいつもより激しく素敵な夜をお過ごしいただけるかと思います

はい
そちらの軟膏は今ならおまけに付けましょう
はい
そうですね
お値段はこちらの方で…
あ、いえいえ
少々貴重なお薬ですので、これくらいのものかと
はい
ありがとうございます
良い夜をお過ごしくださいませ
はい
今後とも、是非とも我が商店をご贔屓に
ありがとうございました〜







サナギとコクリ







「ふぅ…」

私は今日も商売を終え、夕日を浴びながら店の暖簾を片づけていた
祖父から受け継いだ薬屋の中は橙色の光が奥まで差し込み、何とも言えない寂しさを感じさせる
今日もあまり客は来ず、売り上げはスズメの涙ほど
しかし食うにほと困るという有様ではないので私は日々の生活に満足していた

――カタン
――キィキィ

私はかつて祖父のものだった揺り椅子に腰かける
ゆったりと動く景色
埃を被った大昔の人体図
子供のころから使われ続け、すっかり角の丸くなった調合台
私が三年前大陸から持ち帰ったさまざまな形の硝子器具
それらが天窓や西側の格子窓から入る橙に照らされ薄く光る
吹き抜けになった店内を見下ろせば古めかしい洋風の棚には様々な漢方の入った硝子瓶が並び
そこからここへと続く滑らかにすり減った手すりはうっすらと輝いて見える
幼かった頃はそれにしがみついていた小さな手
今では生薬の色の染みついたうす黄色い指先
物心付いたころより教わった薬師としての技
そして、十年前大陸に渡り会得してきた新たな技術
それらを合わせた私の薬は効き目が強く毒気が少ないのが自慢だ
しかし、去年祖父が亡くなり、この店を継ぐ事になってからというもの
私の自慢を聞いてくれる人はとんと少ない
とは言っても
祖父の居た頃から私の自慢を聞いてくれていたのは祖父ぐらいのものだったが…
町外れにある古ぼけた薬屋
街中の商店街に店を出したならば私の自慢を買ってくれる人はもう少し増えるのかもしれない
しかし、かつて祖父の背中を見ながら過ごしたこの店を
祖父の背中を追いかけ、一度は離れたこの場所を
私はもう離れるつもりはなかった


――ガララ…


一階の玄関にある古いガラス戸が音を立てる

「はい?どなたでしょうか?」

もう暖簾は下した筈だが…
私は揺り椅子から立ちあがろうとして

――グラ
――ズドン!

「いたぁ!!」

揺り椅子ごと壁に激突し、私は強く頭を打ってしまった

――バサバサッ!

頭の上に重い本がいくつか落ちてきて
舞った埃が夕日に照らされ黄色く輝く

「あいたたたた…」
「あれぇ?大丈夫でやすかぁ?」

そう言って調合房への階段を上がってきたのは聞き知った声だ
気の抜けた様な
気を抜かせる様な
明瞭で快活な
豪胆で狡猾な
妖怪狸の声

「ああ。大丈夫ですよ。すみません。お見苦しいところをお見せしてしまいました」

私が体勢を直し、立ち上がる
そこにはニマニマとした笑顔の狸が

「はは。見苦し
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