暗い洞窟の奥まで届く朝日で目を覚ました。
奴から受け取った首輪を付けて以来、私の周囲での怪異は納まり、私がブレスの火力調節を失敗する事も無くなった。
奴に感謝などはしたくないが、プライドを差し引くならば「ありがとう」と言うべきなのだろう。
しかしその首輪をして以来、魔王の魔力が私の身体を侵食するレベルも強まった気がする。
この数日で胸が膨らみ足元が見えないほどになり、尻も大きくなったせいで激しく動き回ると異和感がある。
更には私には生まれた頃からさほど無かった性欲が急激に肥大している。
一昨日の晩などは身体が疼いて仕方なかった。
はぁ…。
本気で魔王を滅ぼしに行ってやろうか…。
しかし、今の私は全てがどうでもよかった。
私は失ったのだ。
私の誇りだった白く大きなドラゴンの身体。
私の自慢だった楽園と呼ばれた箱庭。
私の愛した餌達。
文字通り、私は全てを失った。
このまま魔王の魔力に呑まれ、下等な魔物同様、獣のように生きるのもいいのかもしれない。
――ぐぅぅぅぅぅ…
悩んでいても腹は減るものだ。
私は重い身体を起こし、餌を獲るためねぐらを後にした。
私の目の前を小振りな鹿が飛び跳ねて行く。
鹿よりは熊の方がよかった。
熊の肉は餌には遠く及ばないが、少しばかりはマシな味がした。
はぁ…。
私はため息を吐きながら鹿の身体に向けて手をかざす。
小さな悲鳴を上げて鹿は倒れ込んだ。
私はその腹に爪を立て、引き裂いて行く。
紐が解けるように皮がはがれる。
私は裸になった鹿の角を持ちあげ、息を吹きかける。
香ばしい匂いがして鹿の丸焼きが出来上がる。
はぁ…。
こんな獣の様な狩りに慣れてきてしまった自分が少し嫌になる。
――くちゃ …ぶちっ
味の薄い、不味い飯だ。
というか、なんだ!?この頬は!
食べ辛い事この上ない!
これでは丸飲みどころか、齧り付く事すらまともに出来んではないか!
餌達はこんな不便な身体で平然と生きているのか?
信じられん…。
それになんだ?この頭の毛は!?
流石に前に垂れてくる分と地面を引きずっていた部分は邪魔だから切り捨てたが、こんな毛本当にいるのか?
まぁ、しかし、この鱗の無い肌は感覚が鋭敏で風を読む時などには便利だな。
後、身体が小さくなったおかげで食う量が減ったのは助かる。
昔は餌のように味がいい物なら少量で済んだが、こんなものだと10頭は食わねば腹が膨れなかったからな。
それが今じゃ1頭で十分だ。
狩る手間が省ける。
そんな事を考えながら私は鹿を食い終え、腹が膨らんだ所で森の中を散歩する事にした。
そうしていると色々と思考が廻る。
この森を捨て、餌達の住む国へ向かおうか?
軍隊の一つや二つなどこの姿のままでも潰してやれるだろう。
しかし、そんな事をすれば以降餌達に近づく事が難しくなる。
それに、仮初めの姿とは言え、自分の姿に似たものを殺すのも微妙な感じだ。
しかし、あの味はもう一度味わいたい。
ああ。
何度となくこんな事を考えている。
そして結局、こんな森の中に留まっている。
私はどうかしてしまったのだろうか?
本当に魔王の魔力に浸食され、その内この姿のように、頭の中まで餌の様になってしまうのだろうか?
ふと、それはそれでいいのかもしれない、なんて思ってしまった。
こんな風に失って悩むくらいなら、生命の頂きに住むよりも、この姿で餌達の中に紛れてしまうのもいいのかもしれない…と。
今の魔王はサキュバス種だと奴は言っていた。
サキュバスは初めから餌達にほど近い姿をしていた。
故に、魔王は今の私の様な事を考え、世界をこの様に造り替えたのかも知れない。
しかしこの世界もいつまで続く事やら…。
この私ですら、世界どころか国一つ程度の大きさの箱庭を持て余したと言うのに。
サキュバス程度に世界全てなどを操れるのだろうか?
きっと、いつか操り損ねる。
そうすれば私はまた元の姿に戻るのだろうか?
そうなれば私は何をすればいいのだろう。
いや、もしかしたらあのバフォメットのように珍妙な姿になってしまうのかも知れない。
どこぞの妖精の国の大使がそんな事を考えていると風のうわさを聞いた事がある。
そうなったら…。考えるだけでもおぞましい。
全く…。
生きると言うのはままならんものだ。
ましてやこんな強大な力を持って生きるなど。
そんな事を考えていた。
気が付くと私は森のだいぶ浅いところまで来てしまっていた。
視界の端に見る魔物や獣は私のねぐらの辺りに居るものと違い、私の姿を見るだけで逃げ出してしまう様な下等なものになっていた。
そろそろ引き返すか。
そう思っていた矢先のことだった。
「きゃぁぁぁぁ!!」
久方ぶりに聞く餌の女の声だった。
私はあわよくば千年ぶりに餌が食えるかもしれぬと、声の方に向かって飛んで行った
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