私の目の前には、あの女が倒れていた
人間の女だ
咄嗟の事だった
気が付いた時にはバフォメットが血を流しながら戦っていた
まずい
そう思った
だから、こいつの姿が止まった瞬間に、私の体は動いていた
「やはり…キツイな…」
女がしゃべるのも辛そうにつぶやく
私の拳でアバラの何本かが折れているのかもしれない
「くそ…もうちょっとだったのにな…」
まるで勝負ごとに負けた子供のような表情
そんな女を見て、私の胸には不思議な感情が渦巻いた
「あんたは…すごく強かったわ。間違いなく、どんな人間や魔物よりも」
「ふふ。姫よ…ありがとう。そう言ってくれると…報われるようだよ…」
女がにこりとほほ笑んだ
しかし
「ぐ、ぐあぁぁぁぁぁああああ!!」
「な、なんじゃ!?」
突然その顔が苦痛に歪み、ほとんど動かないはずの身体でもがき苦しむ
その爪で胸をかきむしり、苦痛に目を見開く
尋常ではない様子の女
「む、胸が苦しいの!?ちょっと待ってなさい!」
私は慌てて暴れる女を押さえつけ、その服を破り捨てた
「こ、これは……」
私は言葉を失った
「なんじゃこれは!?どうなったらこんなことに!?」
女の美しく白い肌
そこに胸の中心から、まるで赤い花が咲いていくように真っ赤な痣が広がっていく
「ふふ。禁忌技を二つも使ったのだ。全身の筋肉はズタボロに千切れ、神経もとっくに焼切れているのだろう。そして、神滅第六天で魔力の源も砕き捨てた。もはや火の玉一つも熾すことはできまい」
「な、なんということじゃ…」
「安心しろ。もうじきに痛みも感じなくなる。ふふ。運が良ければ、いや、悪ければ死ぬことはないさ。まぁ、もう立ち上がることはできそうにないがな…」
彼女の相変わらずの微笑み
「まさかお主、こうなる事をわかって…」
「当たり前だ。こうでもせねばお前たちには勝てないだろう?」
「ば、馬鹿者!己を捨てて勝ち取った勝利に何の意味があるというのじゃ!?いったい誰が喜ぶというのじゃ!」
「ふふ。馬鹿な質問をしてくれるな、バフォメット。そんなもの、私が喜ぶに決まっているだろう?私は誇りのために最後まで戦えたのだ。後悔などあるわけがないし、嬉しくないわけもないではないか」
頭を殴られたような衝撃が走った
膝が震える
胸が締め付けられる
「何故じゃ?なぜそうまでして…」
「私は勇者だぞ?民のために、人間のために戦うと誓い、そしてその誓いのために戦うことは当たり前ではないか」
痛い
痛い
こんな、こんな…
「さぁて、思い残すことはないな。煮るなり焼くなり好きにしてくれ。もう…」
「もうやめて!」
――ギュっ
「!?……ど、どうした?姫君。突然何を…」
「もう…いいから…」
「ふふ。何を言っているのだ?」
「もう、苦しまなくていい」
「苦しみなど、とうに乗り越えた。今では何も感じはしない。安心するのだ」
「ううん。そんなはずない」
「さっきも言ったであろう?私の神経はもはや…」
「じゃあ、じゃあなんでそんなに痛そうな顔してるのよ!」
「………痛そうな顔をしているのは、お前ではないか」
「うん。痛い。痛いよ!あなたを見てると痛くて痛くて仕方ないよ!苦しいのに、辛いのに全部全部我慢して、こんなになるまで戦って戦って。もう…見てられないよ…」
「…やめてくれ。私はそれで満足なのだ。十分ではないか」
「いやだ!私がそんなの許せない!」
「……素直な言葉を使うようになったと思ったら。ずいぶんとわがままな姫だったのだな」
「そうよ。これが私。私はわがままで、馬鹿な女なの!ホントはみんなに褒めてもらいたくて、でも、でも、馬鹿にされたくないからいつもいつも…」
「…かわいい姫だな…お前は」
「うぅ…うえぇぇぇん」
「…こ、こら、泣く奴が…」
身体の底から力が湧いてくるのを感じる
暖かい、不思議な力
届けたい
この人に
届けたい
この気持ちを
――ホロ…
「…え!?……な、なぜだ?なぜ私は涙を?…」
“我慢しないで!辛いなら、泣いていいんだよ!苦しいんなら、叫べばいい。私が全部受け止めてあげるから。我慢しないで。閉じ込めないで!”
「お、おかしい…。頭に響くこの声…これがリリムの魔力なのか?…うぅ…や、やめろ…私はこれでいいんだ。私は勇者なんだ!」
“仮面が重いなら脱いだっていいんだよ。そんな物なくたって、あなたはあなたなんだから。隠さないで。強がらないで。本当のあなたはもっともっと強いの。ずっとずっと強いんだよ!”
「違う。これは私だ。私の一部なのだ。やめろ。私の心に勝手に入ってくるな!や、やめてくれぇ…う、うわぁぁぁ…うぅぅぅぅ」
彼女から大粒の涙が流れる
ずっとずっと心の中に貯め続けてきた涙
痛いのや苦しいのがいっぱいいっぱい溶け込んだ
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