ハート 〜銀狼物語〜 

※作中に残酷描写、暴力描写があります。
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狼の唸り声が私を囲む。
銀色の瞳が2光1対で私を見つめる。
マスケット銃で撃ち抜かれた私の両足からは止めどなく血が流れて水溜りを作る。
赤と黒の血が混じりあって綺麗。
きっと私はこの子達に食べてもらえるから。
その中の1匹が私に近づいて私の血に染まった太ももをぺろりと嘗める。
ぞくりとした快感。
ぬるりとした感触。
ずきりと痛みが混じって。
他の子たちが一斉に私に近づいてくる。
震える唇で。
奮える恍惚の中。
私は呟く様に言った。

――ありがとう





ハート





「お母さん!全部剥けたよ!」
「偉いわね。一人でくるみが剥けるようになったのね」
「むぅ〜。ずっと前から剥けるもん」
「半分くらい潰しちゃってたけどね」
「…でも剥けてたもん」
「ふふ。でもこれでパンもクッキーも作れるわ。ありがと」
「味見は任せてね!」
「ふふ。味見だけはずっと前から一人でできたものね」

幸せな時間。
私のお気に入りの時間。
こんな風に雪が降り始めるようなシンとした空気。
もうすぐお父さんが帰ってくるね。ってお母さんと話しながら二人で料理するの。
料理が出来上がるころになると肩に雪を乗せたお父さんが帰ってくる。
「ただいま」
って言ってコートを脱ぐと一番最初に私のところに来て頭を撫でてくれる。
お父さんの大きくて優しい手。
外の寒さで冷たくなった手が気持ちいい。
3人でご飯を食べるとお母さんと二人でお片付け。
終わったらお父さんがまた私の頭を撫でて、
「今日もお手伝いして、ソフィアは偉いな」
と言ってくれる。
今度は暖かな手で。
そして3人で一緒に眠るの。
外は雪が降ってるのにここはとても温かで。
私が幸せの中にいるって。
そう思えるの。

…でも、あの日だけは少し違ってた。


「お父さん遅いわねぇ」
「だねぇ〜。ソフィアお腹すいたぁ〜」
「そうねぇ…」

私たちはとうとうお父さんを待たずにご飯を食べてしまった。
それでもお父さんは帰ってこなくて。
お母さんは私を先に寝かせるとランプをもって外に探しに行った。
次の日の朝は、一人だった。
私は雪の降り止んだ真っ白な森へ二人を捜しに行く。
真っ白な雪におひさまが跳ねかえって、目が痛くなるほど眩しい。
私は一歩一歩お母さんの作ってくれたかんじきで雪を踏みしめながらお母さんとお父さんの名前を呼び続ける。

「きゃあ!」

雪を踏み外して転ぶ。
いつもなら暖かい手を伸ばしてお母さんが引き揚げてくれるのに。
襟元から少し雪が入っておなかのあたりで溶けていく。
雪が溶けていくと私の目から涙があふれた。

「ぐす…お母さぁん。お父さぁん!」

私の声を消し去る真っ白な空。
真っ白な木々。

私はとうとう二人を見つけられないまま町まで来てしまった。
すると肉屋のおじさんが泣いている私に声をかけてくれた。
二人のことを話すとおじさんはすぐに街の男の人たちを連れてお父さんとお母さんを探しに行ってくれた。
私はお巡りさんのおうちでおまわりのおじいさんとずっとおしゃべりしてた。
おじいさんはいっぱい慰めてくれたけど、それでも涙は止まってくれなくて。

夕方になると男の人たちが返ってきた音で目を覚ました。
瞼を上げようとすると目が酷く傷んだ。

「……二人は神に捧げられた」

ぽつりとおじさんが言った。

狼の神様がお父さんとお母さんを食べちゃった。


この町では狼は神様だから、狼に食べられた人は神様の下で永遠に幸せになれるんだっておじいさんが教えてくれた。
そして、離れた町に私を引き取ってくれる親せきがいるというので、私はそこに行くことになった。
私はちっとも嬉しくなかった。
私はただ、二人を返してくれれば、それでよかった。







「またこんなところで居眠りしてやがったのか!働かねぇのならうちには置いてやんねぇって言ってるだろうが!」

――ガン!

喧しい声と一緒に頬に痛みが走った。

「ごめんなさい」

私はそれだけ言うと機を織る作業を再開した。


もう何日も何も食べてない。
お母さんが褒めてくれたブロンドの髪は枯草のようになって、引っ張るとぽろぽろと抜けていく。
目の前が霞んで背もたれのない椅子から転げ落ちそうになる。
それでもご主人様は休ませてくれない。
お父さんとお母さんのことを思い出す度に溢れるほど流れていた涙は、今ではどんなに目に力を込めても1滴も出なくなっていた。
泣ければきっともっと楽になるのに。
空腹と胸の痛みの区別がつかなくなってどれくらい経つんだろう。
もう、私の胸はずっと痛いままだ。


今日は10日ぶりに水以外に黒パンがもらえた。
かじると奥歯
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