刀鍛冶 イン ワンダーランド

「……どこだここは」

気づいたら、目に映る光景すべてが先ほどまでと大きく変わっていた。
いささか派手過ぎる色遣いの石造りの建物。珍妙な色彩と形の草木。そのどれもが今まで自分がいた場所と異なっている。それが木造の家屋と落ち着いた普通の緑の木々という様だったから、なおさら明らかな差異が目に痛くなるほど感じられてしまうのだ。

「マイト。マイトはいるか」

一緒にいたはずの弟子兼伴侶の名前を呼んだ。声と共に再び辺りを、今度は地面近くを見渡すと、桃色の草むらに転がっている彼の姿を見つけた。
あわてて駆け寄るといててとぼやきながら身を起こす。

「あ、八頭さん」
「良かった。怪我はないようだが……どうして倒れていたんだ?」
「えっと、ですね。僕たち双葉を小幡さんのところに預けたでしょう。それで、仕事を始めるから家に帰ろうとしてた。あってますよね」
「勿論」

双葉というのは、この八頭という女性とその伴侶──マイトの娘である。
両親が二人とも刀鍛冶ということもあり、なるべく一緒に過ごすよう心掛けてはいるが月に何度かは八頭の抱える弟子のひとりと家内である稲荷の小幡の家に預けることもあった。

「その途中でなんかこう、クラっときて倒れちゃったんです。そうしたらここにいて」
「成程な。私は眩暈も転ぶようなこともなかったが、現に今貴方と一緒にここにいるものなあ」
「夢……とかじゃないですよね?」
「はは。それは私の言葉だなあ。二人で見る夢というのもまた趣があると思わないでもないが……仕事の合間に眠りこけているようでは示しがつかないぞ」
「そういうのもいいんじゃないですか? 僕はともかく八頭さん、頑張ってるし。村のみんなも許してくれますよ」
「んむむ……。そういうわけにも行かないんだけどなあ。双葉を預ける日だったのが幸いか」
「心配、ですよね」

これは娘を預けた時のお約束なのだが、双葉と離れた八頭はいつも不安げな表情を浮かべる。すぐ近くで信頼できる者とその子供に面倒を見てもらっているとはいえ、とにかく子煩悩である彼女にとってはひと時でも娘と離れるというのが何より耐え難いらしい。
それは父であるマイトも同じなのだが、やはりお腹を痛めて産んだ母親という違いがそこにはあるのだろう。彼女の顔つきはいつにも増して曇っていた。

「八頭さん」

マイトは彼女の背に腕を回し抱き寄せた。自分は代わりにはなれないが、不安を落ち着かせてあげることはできる。そのたくましい自身と彼の匂いに八頭の表情は和らいでいった。

「……助かる。マイト、ありがとうな」
「これでもお父さんになりましたから」

笑顔で宣言して、彼は顔を上げた。

「ここ、きっと夢じゃないですよ。昔聞いたことがあるんです。前触れもなく、突然迷い込む、不思議の国と呼ばれる世界があるって」
「不思議の、国だと?」
「地元にいた時、出入りの魔物たちが話してました。なんでも支配者である魔王の娘がそれはまたひどい暴君で、ことあるごと国民や迷い込んだ者に極刑を言い渡してくる……とか。まあ、魔物なので。実際に行ったことがあるって夫婦も笑い話にしてたから、つまりはそういうことです」
「つまり、とはどういうことが起こるんだ?」
「あー……えっと、当時は耳ふさいでいたから……」

そこは察していただきたい、という顔のマイトだったが何しろ八頭は人間の男から魔物、彼女の国でいえばあやかしに身を変える以前からある事情で人妖問わず距離を置いて生きてきた。マイトが訪れるまで自分が男と番うことを考えもしなかったというのだから、当然自分がどういう存在なのかという自覚も薄い。考え方が人間寄りなのである。
今の関係になって間もない頃だった。突然降って湧いてきた欲望に振り回されて泣いてしまい、顔と股をぐしゃぐしゃに濡らしながら外で松炭を切っていたマイトに襲い掛かってきたこともあった。流石に子まで設けた今となってはそういうこともなくなったが、それでも夜を待てずに夫に欲情してしまう自分には未だ恥じらいを覚えずにはいられないらしい。
魔物やあやかしがどういうものか知っていたマイトの方がいち早く夫婦生活に慣れてしまったくらいだ。
だからなのかはわからないが、エキドナであるにもかかわらず八頭の肌は人間のそれである。透けるように白いが、同じ種族である双葉の肌がしっかりと青いのを見るとやはり異なっているといえる。

それでも夫が顔を赤らめる様子を見て彼女も察したようだった。たちまち顔色が移り、お互いなんとも言えない空気になってしまう。『極刑』の内容もそうなのだが、そんな場所に自分たちはいるのかという事実が二人の口を閉ざしていた。

「おや」

そんな空気を破ったのは二人のものではない誰かの声だった。
洋装を纏った女性が二人の前に現れた。白っぽい色身のズボ
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