刀鍛冶の大蛇

金屋子さん、と呼ばれる女神がいる。
極東にある島の製鉄と鍛冶の神だ。どうやら醜女らしく、それゆえにたたらや鍛冶屋は仕事場に女を入れないという。
だがこの女神、古くは男神であったという説が存在する。
なんでも、かつて彼であった金屋子さんを祀っていた巫女が同一視されたからというのだ。
本当はどうだったのか、今は誰も知ることではないだろう。
だが、昔話や伝説には案外元となった話がありふれていたりする、のかもしれない。



「本当だ。この山奥に集落だなんて……」

ジパングの西に位置するイズモの国。そのとある山の中を一人の男が歩いていた。
彼の名はマイト・フレアスティ。髪は白く、眼は深い紫。言うまでもなくジパングにとっては異邦の人である。
山中を進んで少し経ったかという頃だった。丁寧に整地されてこそいないが確かに踏みしめられている、つまりは人が頻繁に通っている道に対して抱いていた違和感の答えが目の前に示された。うっそうとした木々が開けて、一目で人が住んでいるとわかる建物が現れたのだ。わかってはいたものの不可思議な気分を抑えることができない。
集落に入った途端、なんとなく顔に熱を感じた。カン、カンという金属を叩く音がここが目的地であることを伝えてくれる。
先ずこの辺で誰かと話をするべきだろうか──逡巡したマイトだったが、丁寧にアポなど取っていたら場の雰囲気に気圧されそうだと思ってそのまま乗り込んでしまうことにした。
遠く大陸の端の方の生まれである彼がなぜこんな極東の地を訪れたのか。彼の目的とは何なのか。

クレームを入れに来たのである。ありていに言ってしまえば。



マイトには兄がいた。名をアッシュという。貴族であるフレアスティ家当主の息子に生まれた二人は傍目からみてもわかるほど仲の良い兄弟だった。
蒐集癖のあるアッシュは世界各地から珍しい物品を集めていた。周辺の国々はもちろん、砂漠の遺跡から見つかった金の首飾り、霧の大陸に伝わる瑠璃の髪飾り等々。
マイトも兄の蒐集物を見るのが好きだった。いや、蒐集物を眺め心躍らせる兄が好きだった、という方が正しかったかもしれない。マイトにとってはどちらでもよかった。
だが、ある日それは現れた。
今から三年も前になるだろうか。いつにも増して嬉しそうな兄の手にそれは握られていた。

「とある筋にジパングの剣を売ってもらったんだ。かの地ではこれをカタナというらしい。見てくれマイト。言い表せないくらい美しいよ」

二つ、油紙の包みがあった。アッシュはその一つを用心深く開いた。
兄の言うとおりだった。生まれたばかりの月のような反りを持つ片刃の姿は近辺ではまず見かけない。刃のない、恐らく持ち手の部分には読めない文字が刻まれている。
わずかに傾けて跳ね返る光の具合はそれぞれに異なり、ある意味ではそう、色気のようなものを感じ取った。これは、本当に。誇張でもなんでもなく言い表せない。
よいものを手に入れましたね、とマイトは笑った。笑っていた。
事件が起きたのはその夜だった。なぜだかマイトは寝付けなかった。廊下に出て夜の空を眺めながら館の中を歩く。ふと、兄の部屋の前で足が止まった。
分厚い扉越しでよくは聞き取れないが、うめき声のようなものが聞こえる。
まさか病だろうか。最後に見たときまではすこぶる元気だったが大事があってはいけないと扉を開いた。
そして、それが視界に入った。
寝台の上で兄が女を抱いている。うめき声だと思っていたそれは欲に濡れた嬌声であり、同時に甲高い女のものも交じる。
どこから紛れ込んだとある種の現実逃避が頭を支配する中で、嫌に生々しく映るものがあった。
女の身体と一体であるかのようになまめかしくきらめく、あの東洋の剣。その刀身が。

結局、あの剣──の中にいたカースドソードという魔物──は兄の妻となった。
フレアスティの領地は魔物に対して友好的であり、実際魔物と夫婦となった領民の姿も珍しくはない。次代の領主が魔物を妻とするという知らせも温かく、歓声をもって迎えられた。
一人取り残されたのはマイトだった。魔物に恨みはない。それはわかっている。魔物に対する教養だって備えているつもりだ。彼女は悪くない。魔物らしく好色でこそあるが、兄に対する愛情は真実であり彼を支えてくれる良き妻となるだろう。ただ、感情を納得させることはできなかった。
兄が蒐集物に向ける視線はすべて妻のものに。骨董を愛でる時間は妻と交わる時間に置き換わった。マイトが好きだった兄はいなくなってしまった。
マイトは家を出て旅立つことにした。魔物ではなかったもうひと振りの剣を携えて。
魔物学者によればカースドソードとは現在の魔王が即位する前の、どこかの時代の悪しき考えの持ち主だった魔王が人間を害するために作り出したものらしい。その魔力は現魔
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