その出会いは堕落への誘い?

暗い森の中を少年が一人歩いていた。
見渡す限り木、木、木。
近くに開けた場所は見当たらず、出口など見つかる宛もない。
更にはすぐそこから何かが息を殺してこちらを見ている気配さえする。
立ち止まったらその時点で自分の命は無いと、本能的に感じとった少年──ドニはただひたすら脚を動かしていた。
「はぁ……ふぅ……」
ドニがこのような場所にいる経緯はさておいて、彼の体内時計が正しければ時刻はまだ日が落ちる前のはずである。
それが森の中は夜のように暗い。
木々が生い茂っていることも理由の一つであるが、この規模ならば上を見上げれば木々の間から青い空が見えるはずである。
しかし、その空もまた夜のように暗い色をしていた。
太陽は無く、そして月も出ていない。
だというのに動けくなるほど暗くはなく、不思議と歩みを進めるだけの視界は確保されている。
それが余計に不気味だった。
おまけにドニを囲む木々の形も奇妙なもので、奇妙にうねり紫に近い濃い桃色の葉をこれでもかと抱えている。
本能的に恐怖を覚えさせる森にただ独り、何も知らなければ発狂は免れないだろう。
ただひとつ行幸であったと思うのはドニがこの場所について心当たりがあることだった。
暗黒魔界。
高濃度の魔物の魔力に侵された土地が姿を変えるというその場所は常に暗く、それでいて妖しい光を帯び人間の領域には見られない危険な動植物が蔓延っているという。
しかし最も危険なのは魔物だ。
当たり前だが、土地が魔界になるということは魔物の侵攻を意味する。
魔界は魔物の領域なのだ。
何時何処で遭遇するかも分からず、ひとたび出会ってしまえば再び人の世に戻ることは叶わない。
と、行幸と言っても状況は絶望的だろう。
ここは既に魔物の巣、自分ひとりでは太刀打ちも儘ならず出口を見つけるにしても手掛かりさえ遠い。
頭の良くない自分にだって何時終えてもおかしくない命だということが理解出来てしまう。
その場に蹲り震えたい気持ちを抑えながらドニは歩き続けていた。
留まるよりは魔物に捕まりにくいだろうという拙い判断の上でだった。
だが、その強がりももう長くは持たないかもしれない。
ぐぅ、とドニの腹が鳴った。
動かし続けた脚は棒のようで足取りが覚束なくなりつつある。
彼の手と脚には申し訳程度の鎧が装着されていて、ベルトの金具など随所に十字があしらわれている。
腰には武骨なばかりの剣が下げられていたが、何時魔物に遭遇するか分からない今、その剣は鞘ごと彼の腕に抱えられていた。
普段は何でもない重量が重苦しくて仕方がない。
ふと気を抜けばふらりと倒れてしまいそうになる。
「くそっ……」
もう何度目かの目眩に耐えきれず、樹木に体重を預けるようにしてドニは座り込んだ。
空腹が過ぎて最早腹が減っている感覚さえ薄くなってきている。
再度立ち上がるとは困難だろう。
脚に力が入らない。手先を動かそうとすれば小刻みに震える。
森に食料は無い。
今目の前にあるのならば野菜くず、腐った肉さえご馳走になるだろう、そう思っていればとうとう瞼が重くなってきた。
ここで果てるのか。
どうせ魔物に食われるのならば意識のないうちに食われた方がいいのだろう。
それでも空き腹のまま眠るのは辛いなと、ドニの目が閉じた。
その時だった。
「おや」
何処から現れたのだろう。
すぐ目の前から声がした。
こんな場所で一体誰かと最後の力を振り絞り目を開ける。
そして、ドニは声を上げた。
「うわっ!」
最初に目に入ったのは銀色だった。
一本一本が細く、風もないのにふわりとなびくのは上質な糸を思わせる髪の毛。
その下に見えた血のような赤色が真っ直ぐにこちらを見つめている。
それが人だと気づいたのは幾らか遅れてのことだ。
「失礼、驚かせてしまったね」
目線からするにその人は姿勢を下ろし自分に向き合っているらしい。
視界が霞んで、先ほど以外の容姿はよく分からないが声からして女性であることは窺える。
ドニが知る女性の声質よりかは低く、ハスキーだけれど。
「先に名乗らせてもらおう。僕はユーリ・セイスプラン。この土地の領主をさせてもらっている」
ユーリ、と名乗った女性は片膝を立てて胸に手を当てているようだ。
瞬きを繰り返して捉えることが出来た服装はぴったりとしたズボンにベスト。白いシャツの袖を無造作に捲りあげて帽子を被っている姿は一見して狩りをする男貴族に見える。
振る舞いと領主という自称からして、貴族であるということには間違いないのだろう。
聞いたことのある名前の気もするが今は思い出せない。
気になったのは彼女の手だ。
黒と紫の、手袋だろうか。
何かやたらとげとげしているような……ああ、もう限界だ。
「君は……いや、先ずは僕のところへ来てもらおうか。しばらく目を閉じていてくれ」
相手もこちらの事情を
[3]次へ
ページ移動[1 2 3 4 5 6..11]
[7]TOP [9]目次
[0]投票 [*]感想[#]メール登録
まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33