オートマトンからの宇宙天気予報がスピーカーから伝えられていた。
月の空は、母星とを行き交う宇宙船の瞬きだけで星空が描かれていると言われる程、それは無数に飛び交っていた。
おそらく宇宙のどの星の空よりも、月の星空はその往来する人工天体たちによって賑やかであったと私たちは思うほどであった。
宇宙開発の為の資材が、マスドライバーで次々に打ち上げられている。
文明の繁栄を象徴して月の空は、常に混雑していた。
そして、月面から特別な船が旅立とうとしていた。
「観光に行くのにとんだ予算食いだ」
「観光にしては往復5万年は長過ぎる」
それは、銀河中心への観測船だ。
結局、光の速度は越えられなかった。
「良い旅を」
「ああ」
これが友人とリアルタイムで会話できる最後だった。
光の速度を越えた通信手段を、自分たちがまだ持たないからだ。
この宇宙船はその光の速度にも達しない。
我々の文明は何にもかもがまだ未熟で、それでも背伸びして私たちは旅立つのだ。
大人の使う手摺に手を伸ばす初々しさも在った。
友人は、すぐにワープ航行可能な新型の観測船に私たちが追い抜かれるだろと言った。
彼女の代では無理だろうが、彼女の孫の代くらいには可能だろうか。
自分たちはウラシマ効果で、もしかしたらこちらの次の朝時間に目覚めたら、それに追いつかれていて、やってきた未来人と朝食を共にしているかもしれない。
そう言い合って、私たちは最後は笑って別れたのだ。
しかし、
自分たちの観測船を翌朝にでもポンコツにする最新鋭のワープ船は、遂に追いついてくる事は無かった。
亜光速で進む船を少しずつ真後ろからゆっくりと追い越して行く、自分たちと同じ星を旅立った光が、自分たちの所属する文明が滅んだ事を、もう随分と先で教えてくれた。
母星を真っ赤に灼いた絶滅戦争の結果だと、推定された。
それが、今の変わり者のサキュバスが魔王に即位した頃から、五万年前の話である。
一万年先の待ち合わせでも、喫茶店でワンコインのコーヒーで済ます事もできる。
これは時間を忘れる堕落神の宮殿、万魔殿を評する一つの言い方であった。
万魔殿に喫茶店があるのかと訊かれれば、無い訳が無いというのが答えになる。
そもそも時間と言う概念がすっぽ抜けて、それが抜けている事も念入りにすっぽ忘れて、時間のある所から見れば利用できる時間が無限に存在する様にしか見えない、そこに。
そんな呆れるくらいの無限の中で、誰かがそれを望んだとしても不思議ではないからだ。
だから喫茶店と言わず、万魔殿には無限の暇に発生するありとあらゆる希望する物が存在する筈なのである。
ある筈、と言うのは、もはや確認不能な混沌だと言う事なのだ。
だからなのか、様々な外部からの流入にも、万魔殿は結果として寛容であった。
時間が流れない、止まっている、というか無視している、見なかった事にしている……。
どういう表現にせよ、どの時間でもないと言う事は、どの時間にもなれて、どの時間とも繋がれるという事でもあった。相反する、あるいは異なると比較判定する基準が無いからだ、忘れているからだ、無かった事にしているからだ、区別しようがないからだ。
そしてそれは即ち、様々なそれぞれの時間を持った同じだけの世界と、繋がれるという事も意味していた。
異世界転生あるいは異世界召喚、転移、それらの異邦人、世界を渡り歩く何者かにとってここは、混沌に紛れたその中の、とあるこの一隅は、世界間に点在する都合の良いトランジットの一つとして機能していた。
ここは彼らの道程半ばにあって、休息や、乗り継ぎの待ち合い場所として、そこに喫茶店があると言うのであればそれはよく機能していた。
そこは、そんなよく機能している喫茶店の一つだった。
その店の壁には無数の時計で埋め尽くして掲げられていた。
無数の異なるリズムで異なる時間を刻む時計がささやかな大合唱をしている。
もしかしたらその中のどれかが、忘れた事にされたここの時間を刻んでいるのかもしれないが、例えそうであったのだとしても、まぁ意味は無いのだろう。どれがどれだか判らないのだから。
こうしてここの連中は時間と言う物を忘れているのかもしれない。
出身世界あるいは時間によってはその光景を、そのままという訳ではないが国際空港とでもという言葉で言い表すかもしれない。
自分で言うのもなんだが、とある世界を救った異世界の勇者がその店の扉を潜った。
自分視点で、前にここを訪れた時は、そのとある世界を救いに行く勇者候補であったが、その前も実は来店しており、その時はそことは別の世界を救った勇者であったし、更にその前はその別の世界を救う勇者
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