「来る、か……、ああ、来るなぁ」
不意に訪れた予感に、"一番"は身震いすらもしなかった。
傷だらけの体が、ここでは一番長い事を示していた。
「何が来るのでありますか? 一番」
「九番か……」
一番が応えようとした時、
「伏せろォッ、新入り!」
警戒していた七番か四番かのその声に間一髪、九番はそれを避けれた。
それは、
「あれは……」
自分たちに襲いかかったようにも見えるそれを目で追った。
「巨大な手……」のようなものだった。
いや、手、だ……。
それが自分たちに襲いかかって来た。
「地獄の苦しみだ」
あんなのが自分たちの、敵……?
だが一番はそれを、敵とは言わなかった。
そして再び襲いかかってきたその手らしきものを、一番はひらりと交わした。さすがは歴戦の勇士なだけはあった。
だが、あれの目的が自分らである事が明白である以上、あれは自分らを執拗に追ってくるだろう。交わし続けられるものでもなかった。
「チクシヨー! 俺カヨーッ!」
犠牲となったのは五番であった。
「諦めるな五番。まだ、手はある」
「一番、……」そもそもアンタが避けたから、俺が……「いや、もう駄目だ! 俺はもう、助からネェ!」
「なんてこった!」
一番の隣で五番の状況を見ていた二番が、無言で手の施し様が無い事を伝えて来た。
「諦めるな」
一番は冷静に対応しようとしていた。
九番は声も出せない。
「チクシヨー! チクシヨー!」
「五番! 待ってろ、今……!」
皆が、半狂乱となって五番を掴んでいるそれを外そうとする。
しかし五番は、もう安らかな表情を浮かべていた。
もう、手遅れだと一番は確認した。
へっ……。
五番は吐き捨てるように笑った。
「アバヨみんなァ! さぁ行くぜ化け物! クタバッチメェ!」
二葉亭四迷の語源である。
「五番ーっ!」
………はむ。
「わたくしずっと、貴男様の事をお慕い申し上げていましたの……」
九尾の狐は言った。
頬を林檎色に染めて、恥ずかしさからか自らの尻尾を一本、口に含んで軽く噛んでいた。
それはたしか、"五番目"の尻尾だった。
もじもじして、口にした五番目の尻尾をはむはむと噛み締めて男からの返事を待っていた。
「……すまない」
くきょっ!
尻尾が、あらぬ方向に曲がった。
「そんな、わたくしの事を……きらい、なのですか……」
歯形のくっきり残る五番目の尾を、今はその想いの苦しみを表すように捻る。狐の尻尾が、まるでネジ巻きだかコルク栓抜きだかのようだ。
狐の目からぼろぼろと涙がたちまち零れ落ち始めた。
男は慌ててその涙を拭ってやりこう言った。
「いや違う。違うんだ。本当は、それは俺が言わなきゃならない言葉だったんだ。好きだと、愛していると……君は稲荷だから」
男からはそう告白されて今度は感極まった宿主に五番目の尻尾は力強くモフられた。
べきくきゃごきごりゅどぎゃげぎゃあひぃぃぃぃ。
一世一代の告白をし、それが成就してゆくその喜びから変換された暴力を、それを一身に浴びて五番は……逝ってしまった。
へにゃへにゃへにゃぁ……ぽてちん。
抱き合う二人の傍らに、締め上げられてあらぬ方向に折り曲げられた姿の、噛み痕だらけの尻尾が一尾、横たわっていた。
どこからか、ちぃーん、という音が聞こえて来た。
「逝った、な」
死して屍拾う者無し。
自分たちの安全を確認して一番は冷徹であった。
「一番…っ! そんな…っ」
そんな言い方ってないでしょう。
九番が感情を露にしようとした時、一番目はそれを制した。
「まだだ」
いや、まだだった。
一番はまるで頭を振るように、ぶるるっと身を震わした。
「ルーキー、浮かれるな、まだ、終わっちゃあいない」
そうだ、忘れるな。
何の為の告白か思い出せ。
これはそのキッカケに過ぎない。
「告白の後、何が行われると思う?」
「ッ」
「……?」
「…っ!」
「………」
「……、ッ」
「?…、!」
「っっ!」
「……(返事が無い、屍のようだ)」
その反応は九本(一本殉職中)それぞれであった。
「……そうだ」
告白なんぞ魔物にとってそれは前振りに過ぎない。その後に訪れるであろう必然が、長く激しい怒濤が、沸き起ころうとしていた。
はらりと、狐の着ているものが床に落ちた。
「一番っ!」
むんずと掴まれた一番を九番が追った。縋り付いて……、
だが一番はそんな九番を振りほどいて、いってしまった。
それはやはり安らかな笑顔であった。
「俺はコンチクショーと一緒に生まれた……」
一番は独白していた。
そうさ、俺は狐の最初の尻尾さ。
俺はこいつが生まれた時からずっと一緒で、嬉しい日も、悲しい日も、ずっとずっと、その心を共有す
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