釣りをしたらブラが釣れた。
言うまでもなく女物である。
更に言うと長靴でもない。
女物のブラジャーである。
ビキニのブラかもしれない。
すくなくともタイやヒラメではない。
「なんだよそれ、」
これ、ではなく、やや遠ざける様に、それ、と言う。
稀に頻く釣り針に引っかかるそれを、彼はつまみ上げた。
元ある優雅な曲線シルエットを崩す事なく、丁寧な研磨でカップに加工した貝殻に紐を通したものだ。
黒薔薇の様な黒と見紛う深紅で統一されたそれからは、肌から離れても尚、それに乳房を包まれているであろう持ち主の色香を感じさせた。
実は貝殻のブラを釣り上げるのはこれで二度目で、一度目に釣った物は夕刻のオパールのような淡く藤色が溶け込んだ清涼な水色で、植物の蔓のような装飾金具で下から胸の膨らみを蕾の花びらの様に貝のカップで包むものだった。
またある時に釣り上げたのものは、やはり落ち着いた深紅色で、大人びたレザーのような厚手の柔らかい生地を折り畳んでカップにしたものであった。多めの結び紐がカップの下にキャミソールを形成して、色香の中にもシックな清潔さを感じさせた。
時に目に見えない位薄い、光の加減で海霧の様に輝くと透けた絹の様な生地に、渦巻き状の銀細工の様な刺繍が施されたカップもあった。
アザラシの水かきの様な可愛いキャラ物まであった。
専用リールに専用釣り糸、専用釣り針、それ以外の既製品を全く受け付けない、まるでメカアニメの主人公機のような処女性を誇るこの釣り竿の性能はその分凄まじく、その度にブラジャーだかビキニの上だかをキャッチアンドリリースしている。
人魚だって釣れちゃう。
そんなキャッチフレーズが最近怖い。
ちゃぷん、と音がした。
豊かなおっぱいを腕で隠したピンク色の髪の人魚が、目の前の水面から顔を出していた。
今にも左腕から零れそうな胸を気にしながら、空いた右腕でびしっと指差されて、彼は彼女に言われた。
「あなたが落としたのはこの金のブラですか、それとも銀のブラですか、はい、復唱、レッツ、リピート?」
「俺、金のブラも銀のブラも持ってないし」
「………」
「私が落としたのはあなたが今持っているブラです」
「そりゃそうだ……」
「はい、正直者の私にみんなちょうだい、あなた込みで」
金の斧のあれだ。
この場合、彼がヘルメースで、彼女が木こりと言う事になる。
どちらかというと木こりは強欲の方だが。
彼女は受け取るべき物を受け取る為に両腕を広げた。
隠されていたおっぱいが見えた。
鼻血が出た。
「おまわりさーん、変態よーっ!」
「メロウに言われたく無いっ!」
などと言いつつ、
彼女の胸の上でぷるんぷるんと震える魔性の双丘に、人間が種族として大事にして来た形の無いナニカは、余りにも脆く儚かった。
ついには手にしたブラに思わず顔を埋め、視覚と嗅覚をシンクロさせる欲望に彼は堕ちた。
そして彼は一つの境地を得る。
「変態は罪ではない!」
開き直った。
「そうね! 変態は罪ではないわね!」
メロウは彼の言を是とした。
「おまわりさーん、この人が私のブラを盗ったーーっ!」
「嘘じゃないけどそれちょっと語弊あるぞ!?」
下着泥は言うまでもなく犯罪である。
ただの一般的な男の範疇から外れない程度のスケベだったのが変態に堕ち、その手には男女共に使用済みのブラである。
語弊の範疇を自ら三段跳びして棒高跳びで跳ね飛ばした彼が言い逃れるのはもはや不可能であった。
「逃がさないわよ」
マーメイドがメロウの左側に顔を出す。
「もう陸に帰れなくしてやろう……」
反対側からネレイスが水底から上って来る。
彼は周囲を魔物に囲まれた。
「さすが私の毛皮、なんとも無いぜ」
いつのまにかに陸側から回り込んだセルキーに、思わず後ずさった尻を銛の先でつつかれる。
彼の退路は断たれていた。
再び正面のメロウを見た。
彼を見るその目を潤ませて、頬を熱くして、下腹部に沿わせた右腕を淫らに動かしていた。
「きて……おっぱい、さわってもいいから」
むしろ揉みしだいてほしいように乳輪を揺らす。
なんか彼女の周りの海の色が桃色に変色している。
最後にシービショップが海面から顔を出して言った。
「今まさに海の底に引きずり込まれようとしているあなた、今なら水の中でも呼吸できるようになる結婚の儀式が待ち時間無しで、すぐ」
気のせいか人魚達は何故か少し怒っている様にも見えた。
よく見れば、彼女等はみんな見覚えのあるブラをしていた。
結婚しました。
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