ふゆのひスライム

 朝、家の前の雪だるまが一つ増えていた。
 と、思ったら、凍って動けなくなった嫁のスライムの上に雪が積もったものだった。

 言い訳をすると、昨晩帰って来た時には既に、我が家の前は札幌雪祭りであったのだ。
 この家の住人は寒さが苦手なのである。
 寒さの前では急性出不精なのであるから、家の前の雪は手つかずなのであって、近所の子供たちはそれをお宝の山だと勘違いしたらしい。そして、そのお宝に似合うだけ盛大に、それを執り行った訳だ。
 些か歪な力作の数々のその数に呆れて、その晩はろくに数えずに家に入った。
 嫁も家の中から呼んでいた事だし。

 しかし、よもや半日も経たぬうちにその嫁がその列に加わっているなどと、誰が予想できようものか。後に思えば迂闊だが、雪だるまの数を数える必要性を感じたのはこれが初めてだ。
 だから翌朝になってそれが一体増えていても、きっかけが無ければ気付かないし、普段なら、ある事にもさほど頓着しない。

 ただこの時は、それが郵便受けの前を塞ぐようにあって、入る所に入り損ねた朝刊がその原因の上に置かれていたものだから、少しだけ考えさせられた。
 さて、そんな囁かな抗議の的となったこの雪だるまを、退かすのか、それとも溶けるのかを待つか……、そんな事よりも、一緒に寝ていた筈の嫁の姿が朝起きてから見えない事の方が気になっていた。
 だから彼は、目の前の雪祭りクリーチャー部門の雪だるまの事なんてお座なりにして、とりあえずその頭の上に置かれた新聞を無造作にひったくっていた。
 すると、払われた雪の下から天青石のような突起が顔を出した。
 何処かで見覚えのあるものだと思っていたら、嫁の寝癖ではね上がった髪だった。

 抱き温めると凍傷になるので、ヤカンにお湯を入れて持って来る。
 もちろん、ぬるま湯で。
 さすがに熱湯は生物には毒でしかないように思えたので、(……ああ、でも、彼女"あの"スライムだしな、という根拠の貧しい物臭を嗜めて)、お風呂くらいに温ませた湯をそれにかけた。
 一度ではぴくりともしないので、二、三度かけてやる。
 すると凍てついたその人の形は、寝癖や指先のような細い造形の順から蕩けていった。指がしゃぶられた飴のように丸くなって、腕はそのまま温められたチョコスティックのようになった。首は項垂れて、まるで居眠りするようにうとうとと体に沈んでいく。そして最後には、水銀のような丸い水滴状になった。
 そうなってから、ゆるゆると動き出した。
 一度、止まる。
 彼は玄関前のポーチの雪をかいて、それから扉を開いて道を作ってやる。
 そうすると、また彼女はゆるゆると開けられたその道を転動しながら通り抜けた。
 玄関に入ると、部屋の中の暖気に触れてスライムは一度、ぶるるっ、と嬉しそうに一度震えた。
 用意したマットで、やっぱりゆるゆると体を転がすようにして泥を拭う。
 そのまま居間の石油ストーブの前までくると、伸びをするようにゼリーの腕を何本も伸ばした。
 表面積を増やして、たっぷりと熱を吸うとまた人のカタチを作って、今度はその人型の腕を伸ばして、今一度伸びをする。
「あふっ……、おはよー…」
「あまり近づき過ぎて、また蒸散するなよ」
 挨拶代わりに彼はそう言ってやると、彼女、つまり彼の嫁であるスライムはびくりと震えて、人間の言う所の一歩くらいストーブから離れた。

 以前に一度、それで痛い目に会っているのだ。
 あの時は、気が付いたらストーブの前でほとんど残っていなかった。
 紆余曲折の後、しょうがないから真冬の最中にクーラーを叩き起こし、ドライで部屋をカラっカラに乾かした。
 そしたらその差分として、室外機の除水ホースから彼女は少しずつ出て来た。
 嘘みたいな本当の話。
 他のスライムがそうなのかは定かではない。
 彼女らの適応力と来たら、ほとんど一個人一種くらいの個性を生み出すらしいと聞く。
 他から聞いたそんな話の何処までが本当で、どれが尾ひれなのかは解らないが、とりあえず、窓中の結露が彼女になっていたのは、さすがに順応し過ぎだろう、とツッコミをいれた。
 そしてそれらがじぃっと、特に男の下半身を注視しているのに気付いた彼が、
「俺の嫁は一人、あいつだけだ」
 と言ってやると、室外機経由の量的に大元である"あいつ"に寄り集まって、また一人のスライムになってくれた。(そして改めて男の下半身に注視されて搾られる、閑話休題)

「なんであんな寒い所に居たんだよ」
 彼が今朝の事を訊ねた。
「いたのー?」
 訊ね返された。
「外で雪だるまになってたろ」
「なってたのー?」
「なってたの」
 念を押す。
 寒さを感じる前に彼女の色々なものも凍りついたらしい。
「ほら、ストーブに近づかない」
 そう言うと、その言葉を待ってい
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