「まろは、なんでも知ってるニャア」
と、初っ端から来たもんだ。
最初は一本、猫の尻尾がぴょこん、とコタツの向こう側から顔を出した。
続いてもう一本生えて来た。
それから、もぞもぞ、もこもこと、布団を盛り上げて、天板の向こうに猫耳が跳ね始める。
そして、さっきお湯を注いだカップラーメンができあがる前に、何故か目の前に二本尻尾のワーキャットが"できあがって"いた。
彼はコタツの布団をめくった。
ミミックは居なかった。つぼまじんもだ。
では、彼女はどこから、どうやってここに現れた?
飼い猫は居ても、ワーキャットを招いた覚えなど無い。
「どちら様で?」
「まろだにゃ」
埒があかない。
彼女の首には、アクセサリーのように鈴付きの輪っかが巻かれていた。頭を忙しなく振る度に、
しゃりん、しゃりん……。
鳴る鈴の音に、彼は思い至る。
「あ、お前。タマか?」
それが彼の飼い猫の名だ。
「その没個性な、猫界"付けられたく無い名前"ワースト1の名前、禁止ウニャ」
どうやら、タマらしい。少なくとも自分の名前が、そんなワーストな名前"タマ"をつけられてしまった事に、忸怩たる思いのタマさんではあるらしかった。
「まろは御主人のオリジナリティの無さを知ってるにゃ」
「じゃかあしい」
彼女は彼のことを「御主人」と呼んだ。やはり彼女は彼の飼い猫"タマ"であった。
飼い猫が、どうしてこうなった。
「そうか、猫じゃなくてネコマタだったか」
ネコマタは人に化けれる猫、というより猫に化けれる魔物というべきか。
思えば彼の飼い猫"タマ"は、妙に人間臭い所のある猫だった。
日頃から扉を少し開けて、その隙間から顔を半分出して覗き込む、"家政婦は見たゴッコ"をしている猫であった。
「むっふっふー、まろは、にゃんだって知ってるにゃ」
「そうだったな」
日頃から"家政婦は見たゴッコ"をしている猫であったが、ゴッコではなく本気だったのか。
「それで、何の用だ?」
その短い言葉の中に、彼は有りっ丈の邪険を詰め込んで、つっけんどんにしてみせる。
猫には用があるが、ネコマタは用は無いと言わんばかりである。
当然だろう?
突然、見知らぬ奴がテリトリーに踏み込んで来たら、猫も人間も不機嫌になる。
だがそれは、ネコマタもだ。
彼女からすれば、ちょっと姿を戻しただけなのに、まるで侵略者のようなこの扱い。彼女としては、むしろ本来の姿を晒したのだから、親愛の証として受け取って貰いたかったのだ。
頭の一つも、撫でて欲しかったりもしたのだ。
猫を前にした彼なら、多分そうした。
それが、そんな予想と逆走する彼の態度に、ネコマタは自分のテリトリーを否定されたようで面白く無い。
ふん、と鼻を鳴らして、まくしたてる。
「随分と偉そうなことを言うものにゃな、御主人?
君は忘れたかもしれにゃいが、まろはよく覚えているにゃよ?
どうにかしてまろを飼い猫にしようと、ねこじゃらしを常に持ち歩いて気を惹こうとしていた事をにゃね。
それに君がバレンタインデーに、どういう女性からどれだけチョコレートを貰ったり、貰えると思って貰えなかったりしたか。学生時代、生活費を分配されたとき、その内何割をため込んでエロ本を買うのに回したか。私費を使った旅行で、まろ以外の女性を連れていったことが何度あるか、私はみぃんなっ、知っているんにゃ」
彼は、じぃっとネコマタに見られながら、こんな事を考えていた。
旅行に連れて行かなかった事が、そんなに気に食わないから化けたのか?
ネコマタがほんの一例として詳らかにした「まろは何でも知ってるにゃ」の後ろの方はどう考えても、知っている事というよりは、彼女自身のやっかみなだけのような気がしていた。
そうして、ネコマタが尻尾で意味ありげに突いているのは、男として秘蔵すべき類いのモノの在処であった。
その表情は、何気に得意げである。
彼は言った。
「今はこまっしゃくれて、ネコジャラシにも見向きもしないけどな、お前」
件の隠し場所を、猫がそれを知ってどうするという気もしない訳でもないが。
つまりタマ改めネコマタ(名前はまだない)の彼女は、新しい猫じゃらしを見つけたという事なのか。
彼はおもむろに、膝を叩いてみせた。
ぽん、ぼん……。
するとその音に、ネコマタの耳が、びょこん、と跳ね上がった。そのまま全身を撥ね上げ、叩かれた膝の上に飛び乗る。
その様子を見て彼は、してやったりと言った顔をして見せた。
「俺もお前の事、何でも知ってるぞ。
何年、お前の買い主してると思ってんだ?」
しかし猫も心得たもの、
「まろも知っているぞ御主人。そうやって飛んで来たまろの喉を、撫でるのが好きなんだろう?」
と、言い返す。
言
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