処刑人の恋歌

 セイレーンが詠っていた。
 それは葬送行進曲。しかし勇ましい。
 死にいく者に強要する、マーチ。
 言わば、刑場への行進曲。
 誇らし気に人を殺す為の歌。

 一隻の船がいた。
 損傷が激しく、自力での航行が不可能であった。
 だが問題なのは、その船の現状ではない。
 その船が何を運んでいたか。
 人魚の血。
 運ぶだけではなく、あの者たちの手は人魚達の生き血に塗れていた。
 だからこのセイレーンは、魔力の歌で彼らを閉じ込めた。海神ポセイドンの名の下、奴らが助からぬように、助けられぬように。そして助かる手段も無く、ただただ緩慢に死んで行くだけの存在である事を奴らに知らしめて、その自覚の中で飢えて死ぬまで生きながらえさせようとした。
 それは処刑だった。

 彼女はその残ったメインマストの一番上に佇んで、下を見下ろしていた。
 下は、ちょっとした騒動になっていた。
 一瓶の、唯一の人魚の血を奪い合っていた。
 食料や水が尽きて行く中で、彼等にはそれが生き延びるだだ一つの方法だと勘違いしているようだった。
 でも、人魚だって食べなければ死ぬだろう? あれはただ、寿命が延びるだけというのに。
 何人かは海に飛び込んだ。この死んで行く事しかできない甲板の上の地獄よりはマシだと。運が良ければ陸に泳ぎ着けるかもしれない。あるいはサメの餌になるにしろ、このまま強要されるよりは、より良い死が訪れるように思えた。
 だがそんな奴らを、海面すらも拒んだ。まるで平手で打ち返すように、また船の甲板の上に放り戻された。死んで還る事すらも拒まれる。
 やがて水も無く食料も尽きた船上は、静かになった。

 彼女はどこか、思い詰めた面持ちで居たが、それも覚悟を決めた表情を浮かべると、セイレーンは静かになった甲板に舞い降りた。
 すると一人の青年が姿を現した。
 セイレーンはやはり、と口を開いた。
「生き残ったのは、君か。やっぱりね。それが一番、合理的だわ。他の連中なら兎も角、君なら私に助けられる可能性がある。人魚の血を飲んで、一番最後まで生き残っている意味があるもの」
 二人は顔馴染みであった。
「それで、幼馴染みに命乞いする?」
 挑発的なセイレーンの物言いに、
 しかし彼は、静かに頭を横に振った。
「駄目だ、僕はもう、何人も人魚を殺す手伝いをしているんだ。君は仲間を助けなかったんだから、僕も助けちゃ駄目だよ」
 その言葉にセイレーンは舌打ちした。
「いい子ぶるんじゃないよ! 弱っちくて、いつも誰かの言いなりになってただけの奴が、昔からッ! そんなっ……あんな奴ら仲間だなんて言わないで! 人魚を殺したあんな奴らと、あんたが何で一緒な訳? あんたは奴らの仲間なんかじゃない! 違う! 違うって言ってよ! そうだ。お前は奴らに捕まってたんだ。だからこんな船に居たんだよな?!」
 先程までの相手の感情を露にさせる様な喋り方は失せ、今は逆に彼女が感情を露にしていた。
 しかしセイレーンがそのように彼への感情を露にするほど、彼の感情は色褪せて行くように沈んで行った。
「君は見ていたんだろう?」
 そう、彼女は見ていた。
 彼等の、そして彼の悪事を。
 彼女はそれを罰しに来た。海の中に彼等を閉じ込め、また海からも拒絶させて、彼等を罰した。
 彼も罰すべき一人だ。
 免罪する合理的な理由は、何処にも無い。
「じゃあなんで、人魚の血なんかを飲んだの?」
「死にたく無かった」
「あれは不死の妙薬じゃあ無いわ。単に延命する、その仕組みを与えるだけ」
 あれで細胞が不死化する訳ではない。生きる以上、飢えぬ訳ではないのだ。
 セイレーンの歌で擬似的に隔離・封鎖されたこの飢餓環境では、それは無益であり、むしろ毒である。
 飢えて、本来であれば死ねる筈の状況でも、人魚の血は人を生かす。
 それはただ生かそうとされるだけで、得られるものを得ようと半ば細胞同士が共食いをするように生き残ろうとする。その苦痛がそれを飲んだ者の心身を苛んでいく。
 死に行く過程としては、酷く残酷なな死に方なのではないのだろうか。
 そして彼の死は、決定している。

「それでも良いんだ。君が来るのを待っていた。誰にも邪魔されず、二人だけになる時間が欲しかった。君に言っておきたい事があったんだ」
「一年前に私が貸した金なら、返さなくても良いよ。あんたの死体から金目のものをひっぺがす」
 ああ、そうだったね、と彼は苦笑した。
 彼女には、彼が何を言おうとしているか、解っている様な気がした。
「君が好きだ」
 思っていた通りの言葉だった。
「死ぬってのに、告白するの?」
「死ぬからさ。だから最期に君に伝えておきたかった」
「ふざけんな! 今から死のうっていう人間にコクられて、女が幸せになれる訳ないだろう! 自己満足も
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