節分にアカオニが豆をまく

「福は内〜! それえ、福は内〜っとくらぁ!」
 節分の日に豆まきをする、アカオニ。
 とてもシュールな光景である。

 彼女は熱い炒り豆をすべてぶちまけると、空になった升を彼に突き出した。
「おぅ! 旦那! 豆だ豆ぇ! 追加だ、追加だ!」
「旦那じゃない」
「おぅ、そうだったなぁ!」
 がはははははっ。
 アカオニは豪快に笑った。
 笑い終えると彼女は、同居人の男を急かし立てる。
「ほれ豆だ、とにかく豆を用意しろよ。もたもたしてっと、福が逃げちまうぞぉ!」
 鬼は逃げないらしい。

 彼は仕方なく寒い台所へ行くと、鍋に大豆を放り込んでコンロにかけて炒り始める。
 温かい石油ストーブの上は、既に別の鍋に占領され、その中に張られた湯には、入るだけ一杯の徳利が浸かっていた。
 彼女は豆が炒られるまでの間その升に、豆なんかより用意周到に熱せられた徳利から酒を注いで、一気に呑み干した。続けて二杯、三杯と進めて、飛んで五杯目を注いだ所で、豆を炒った鍋を片手に彼が戻ってくる。
 アカオニは升に入ったその酒を彼に突き出す。
「まぁ、呑めや、温まれや」
「俺を寒い台所に追いやったのは、おまえだからな。恩着せるなよ」
「そんなつもりは、ねぇよ」
 アカオニは立ち上がると、近くの棚からもう一つ、彼に渡したものと同じくらいの升を取り出すと、また彼の前に戻った。そして言うまでもなく、その中に酒を満たす。
 彼はそれを待って、渡された升を彼女に軽く掲げる。

 こんな一見ひょろっとした、画学生の様な男でも、その酒の呑みっぷりは、いい。
 あぐらをかいてどっか座ると、後は岩の如く滅多に動かずに杯を傾けるのだ。
 ちびちびと呑む時もあれば、ぐいぐいと呑む時もある。酒と時がわかる男だった。
「やっぱり、おまえさんは、いいなぁ」
 アカオニは、彼のその呑みっぷりを肴にして、手にした升の酒を一気に呑み干す。
 彼は彼女の傍らに置かれた一升瓶を取ると、空になった徳利に酒を注いで行く。そしてそれをまたストーブの上の湯に浸けながら言った。
「興が乗ってるのだろう?」
「わかってるなぁ」
「温まってないのをとるなよ」
「そんなへま、しねぇよ」
 言って彼女は、手を伸ばした徳利を指で突いて、その温度を確かめていた。

 興が乗るのは言うに及ばず、そして酔いも充分回った頃である。
「そりゃあ、炒られた豆なんざぶつけられりゃあ、よ、痛いに決まってんだろうが。おう、旦那だってそう思うだろう?」
「それを好き好んでまいてるおまえはなんだよ。それに俺は、旦那じゃね」
 会話が、舌の呂律と一緒に同じ所をぐるぐる回り始めていた。
「本当に今日は、何て日だい。こぉんないい女に豆ぶつけてよぉ。そうしないのは、旦那くらいだぜ」
「だから、旦那じゃねぇてよ」
 男は、酒が回って少し舌の呂律が怪しくなって来ても、妙に律儀な奴だった。
 アカオニは思う。
 まぁ確かに、この男とは妙な縁で一つ屋根の下で暮らしている、だけの関係だ。
 だから同居するだけの女を前に、通している律儀さなのだろうが、しかし時として、男のそれがアカオニの癇に障る。いい加減に黙らせたくなって、彼女はこう言う。
「別にお前さんを夫だって言っている訳じゃあないんだぜ。おれぁ、お前の女房じゃあないんだからよぉ。旦那ってのは、まぁ、金を出してくれる男衆の事さ、お前さんだっても、酒代だけは出してくれてるだろう?」
 まるで女を金で買う男のように言われて、彼は面白くない。
 このアカオニには無い物だが、人間には本音と建前というものがある。そして本音に反する建前というものは、自分で言っている分には良いのだが、他人に言われると癪に触るものである。
 アカオニにはそんな面倒なものは持ち合わせていないが、そういう仕組みがあるのは知っている。
 癪に触るからその相手を癪に触らせ、つまりこの男をいじめるには、それは都合が好い。
「ヘコんだかぁ?」
「ああ! ヘコんだ!」
 彼は手にした酒を一気に呑み干した。
 そして空の升を、アカオニに無言で突き出す。
 アカオニは、そんな男の呑みっぷりに惚れ惚れするように、またその豪儀さを見たいが為に酒を注いだ。
 再び彼は、それを煽って呑み干した。
「俺は金で女を買った覚えはねぇ!」
「上等だ!」
 彼女は左手で機嫌良く自分の腿を叩いた。
 そのアカオニの手から離れた升が、酒をまき散らしながら宙を舞っていた。
 男に、アカオニは抱き倒されていた。
 彼は、彼女が怒らすその肩を抑え込んで、言う。
「力づくでものにする」
「ほんとに、上等だよぉ、おまえさん」
 アカオニは本当に、惚れ惚れとして蕩かした眼差しで、自分を組み伏せた男を見上げた。
「こんなアカオニのおれがなぁ、豆ぇ播くのは、世間一般様の思うところとおんなじよ
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